《中学1年生編》
荒い呼吸を繰り返す俺の背中を、クリアが優しく擦ってくれている。
「朔也様、ゆっくり息を吸って…ゆっくり、吐き出して下さい。大丈夫ですよ。すぐ、治まりますから…」
「クリア様、お待たせ致しました!こちらを…」
そう言って戻ってきた水無月の手には、元はレジ袋だったと思われる物が綺麗に折り畳まれていた。
「ありがとう、楓ちゃん」
クリアはそれを受け取ると、一度広げてから両手でグシャグシャに丸め出した。
皺だらけになったレジ袋を、今度は俺の口元に持ってくる。
「…………??」
どうしていいか分からず、視線でクリアに訴えた。
「さっきと同じように、ゆっくり呼吸して下さい。吸って……吐いて……吸って……吐いて……」
指示通りに呼吸する俺の背中を、再びクリアが擦ってくれる。
そのおかげか、息苦しさが治まり呼吸が落ち着いてきた。
「……も、う…大丈…夫…だ…面倒を、かけた…」
「お主は、本に軟弱すぎる」
聞こえてきた声の方を見ると、お祖父様が冷たい目をして俺を見下ろしていた。
思わず目を逸らしてしまった俺を嘲笑したお祖父様は、その踵を返して去って行った。
お祖父様を追いかけようとしたクリアの服の裾を、掴んで引き留める。
「……行かなくて、いい…行かないで…」
服の裾から俺の右手をそっと剥がしたクリアは、片膝をついて隣に座り直した。
「どこか、気持ちの落ち着ける場所へ参りましょうか?」
落ち着ける場所…俺にとってのそのような場所は、ただ1つしかない。
「……東屋に、行きたい…」
そう答えた俺に、クリアは優しい微笑みを返してくれた。
「かしこまりました。参りましょう……立てますか?……おっと…」
差し出された左手に自分の右手を添えて立ち上がろうとしたが、長く座り込んでいた為に足が縺れてよろけてしまう。
「……すまない…もう、離してくれて構わない……クリア?何を……ッ!」
咄嗟に空いていた右腕で抱き留めてくれたまではいいが、どう考えたら今のような状況になるのか分からない。
「クリア様、さすがにそれは…」
「何でさ?じゃあ、大和が朔也様をお姫様抱っこする?」
いや…そういう意味でなく、『お姫様抱っこ』自体されたくなかった…
「……降ろせ。自分で、歩ける」
「駄目ですよ。このまま、東屋まで行きます」
本人がいいと言っているのに、なぜ頑なにこの状態を維持しようとする…