《中学1年生編》
忘れてなど、いない…忘れられるはずがない…
俺の教育係を含めた使用人達が、俺なんかを守ろうとして…その大事な命を散らしてしまった、忌まわしいあの《事件》…
あれさえなければ教育係は今でも、俺の事を見守りながら優しく微笑んでくれていたはずなのに…
でも…だからといって、全ての責任をお父様に押し付けるのは間違っていると思う。
「……本当にあの《事件》全てが、お父様の引き起こした事だったのでしょうか?」
「何を、分かりきった事を…《事件》を起こした奴等も、言うておったのであろう?『先代には感謝こそすれ、恨みなどはなかった』と…」
人を死に至らしめた首謀者達が悪い事は、俺にだって分かっている。
では、人を地獄に突き落とした者は悪くないのか?
人は時に利益に目が眩み、他の誰かを蹴落としてでも成り上がろうとする。
そんな数々の悪逆非道を繰り返して、平安時代より一大勢力にのしあがったのが我が美空家だ。
《当主》にもなれば、周囲からの重圧は計り知れない。
「……確かに、首謀者の日下部さんはそんな事を言ってました。でも…過去形ですよね?最後までお祖父様を信じていたならば、あのような《事件》は起こり得なかったはず……ッ…!!」
俺の言葉は、お祖父様が右腕を振り上げた事によって遮られた。
それを確認すると同時に、俺を守るように高木がお祖父様の前に立ち塞がる。
ーーバシッ…!!
「何のつもりだ?高木」
俺の身代わりに叩かれた高木は、俺に背を向けている為にこちらから表情が見えない。
「差し出がましい事を致しまして、申し訳ございません。しかし、主を守る事が私の使命。如何なる理由があろうとも、朔也様に危害は加えさせません」
違う…俺は、身を挺して守れなどという命令なんて下した覚えはない…
止めてくれ…俺なんかを、守ろうとしなくていいから…
そう言葉にしたいのに、喉が渇いて声が出せない…口が、動かない…
結局俺は、その場に蹲る事しか出来なかった。
「美空君!?だ、大丈夫?」
意識のどこか遠くで、桐生の慌てた声が聞こえている。
自分が、今どういう状況なのかさえ分からなくて…苦しい…息が、上手く出来ない…
「過呼吸だ!楓ちゃん、ビニール袋か紙袋…とにかく袋だったら何でもいいから、急いで持って来て!!」
「か、かしこまりました…!」
水無月に指示を出したクリアが、俺のすぐ隣に座った。