《中学1年生編》
【朔也side】
『隆臣』…俺の父親の名前。
話の流れからして、ここでその名前が出てくるとは思わなかった。
座敷から出て行こうとするお祖父様を、思わず追いかけていた。
「……お待ち下さい!なぜ、あの人の名など…」
足を止めて振り返ったお祖父様は、まるで哀れな者を見るかのような目で俺達全員を見渡した。
「お主等は、何も分かっておらん。真の敵は、私ではない。あやつは、私以上の卑怯な手を使うじゃろう」
あの人からの《卑怯な手》は、今までも散々受けてきた。
あの人は有無を言わさず従わせて、この人は選択肢を与えるふりをして最後は力付く…
卑怯だろうとそうでなかろうと、結局従わされる事に変わりない。
「僕達が、そんな簡単に信用出来るとお思いですか?もし、それが本当だとしても…御前様の父親であるあなた様が、どうしていいように利用されたままでいるんです?」
『利用』?まさか…そのような事、有り得ない。
クリアが言った事を否定したくはないが、お祖父様は他人を利用する事はあってもされるような人ではない。
「勘違いするな。私が、あやつを『利用』しとるんじゃ」
怒気を含んだお祖父様の視線が、クリアを睨み付けた。
一睨みで人を怖がらせる手法は、残念だけど俺には効かない。
「……教えて下さい。あの人を『利用』して、お祖父様に何の得があるのですか?」
このまま追及し続けて、立ち去る余裕なんて無くしてやる。
「古くからある旧家というのは、どの土地においても疎んじられるものじゃ。この家のように、街一帯の会社の経営に口を出し…その上、人事にまで手を下せるとあっては尚更にな。今までに買ってきた恨みや妬みは、並大抵ではなく甚大じゃろう。当然…その恨みは、現《当主》へと向かっていく。ここまで言えば、もう分かるな?」
それはつまり、怨恨の類いを己の息子に押し付けて自分は隠居し…その実、牛耳る権利だけは渡さないと?
『真の敵は、私ではない』と言っておきながら、結果的に全ての黒幕はこの人ではないのか?
それを言うべきか迷っていると、隣にいたクリアが一歩前に出た。
「ご隠居様、失礼を承知で申し上げます。ご自分の子供が言う事を聞かないからといって、孫をけしかけるというのは如何なものでしょうか。朔也様は、あなた様の道具ではありませんよ」
怒りを含んだ声を発したクリアに対して、お祖父様が嘲るように笑っていた。