《中学1年生編》
朔也様からのありがたいお言葉を聞きながら、閉じられた襖の向こう側の気配を探る。
人員を割いてまで待機させている時点で、どのような会話をしようとも最終的に力勝負となるのではないだろうか…
「ふん…お主が出来る事など、たかが知れとるわ。そういえば、昔から出来ぬ約束ばかりしておったのう…」
「……お祖父様、『昔から』とは…どういう意味でしょうか?」
この朔也様の落ち着きぶりには、いつも感嘆させられる。
心の内は、私などには分かるはずもないが…表情を見ている限り何事にも動じている様子はない。
これでまだ13歳だというのだから、これからの成長が楽しみでありながらも末恐ろしいご主人様だ。
「覚えておらぬか?あの《事件》の前であったが、お主は高木に対して『この家から出られるとしたら、どこに行きたい』のかと聞いておったではないか。何も出来ぬ小童の戯言で、笑いを堪えるのに苦労させられたものじゃ」
ご自分の孫を小童呼ばわりとは、いくらご隠居様と言えども許せない。
苛つく心を隠しきれない私を、クリア様が小声でたしなめた。
「(お前…今のどこに、苛ついたの?駄目だよ。お前は、この家の《使用人》なんだからね)」
そう、私は《使用人》…楓にも咎められたように、《主》に楯突く事は絶対に許されない禁忌。
こんな時にいつも感じてしまうのは、この家のしきたりに縛られないクリア様に対しての嫉妬心…
「(あなたに言われなくとも、分かってますよ!)」
八つ当たり気味に吐き捨てて、気を引き締め直した。
「……『戯言』とお思いならば、ご遠慮なくお笑い下さって構いません。お祖父様に何と言われても、俺自身は出来ない約束だとも思った事はありません」
朔也様のお言葉に、ご隠居様の表情が変わった。
当時5歳だった朔也様の仰られた事が『戯言』と思っているのなら、なぜ8年も経った今になって話題に出されたのか…?
次に何を仕掛けてくるのか分からない御方なだけに、ご隠居様の一挙一投足にも気が抜けない。
「朔也、問題なのはお主ではないわ。高木よ、自分の置かれている状況は分かっておろうな?」
「……っ…!!お待ち下さい!お祖父様は、8年前に『高木を咎めない』と仰られたではありませんか!」
珍しく荒げられた朔也様の声をどこか遠くで聞きながら、8年前と現在の『自分の置かれている状況』の違いに気付いて愕然としていた。