《中学1年生編》
【大和side】
何をやっているんだ、馬鹿なのか…あの人は…
目の前で繰り広げられている一連の動向を、見るに見かねてやにわに※立ち上がった。
【※やにわに(矢庭に):その場ですぐ。たちどころに。突然に。「やにわ」は戦場で矢が飛び交う場所の「矢庭」のこと。それに助詞の「に」がついて、矢を射ているまさにその場所での意味。「やにわに逃げ出した」のように用い、時間をかけないで一気に事を行う様を表す。】
前に出ようとした私の腕を、隣にいた楓の手が掴んで引き留めた。
「や、大和!駄目よ、私達は使用人……」
「問題ない。私は、クリア様に用があるだけだ」
クリア様本人も再三公言している通り、この屋敷の主従に縛られない唯一の関係者。
なのに…何なのだ、この体たらくは…!
腕を掴む楓の力が抜けたのを見計らって、屋敷の外廊下から座敷へ敷居を跨いだ。
「僕!?ちょっ、ちょっと待て!それ以上、来るんじゃない!」
焦った声に、思わず足を止めた。
クリア様は背後を気にするように、視線を動かしている。
その動作で襖の向こうの気配を感じ取っているのか、気配が目立った動きをしないと分かって自分から近付いてきた。
「あなたは、何をなさっているのですか!『任せろ』と大口叩いたのなら、早くその知略知慮を見せて頂けませんか?」
話が進展しないまま30分座り続け、放っておいたら有耶無耶※で終わりそうで…
【※有耶無耶:その事実があるのかないのか、はっきりしない(させない)状態や態度。】
夏の日差しを背中に受けながら正座して30分間、何の実りもない会話を聞かされているこちらの身にもなってほしい。
「ご、ごめん…分かったから、落ち着いて…」
「……高木、水無月。こちらに来て、座れ」
詰め寄った私を宥めようとしたクリア様のお言葉に被せるかのように、朔也様が私達へご命令を下された。
「「かしこまりました」」
暑い廊下と強い日射しから逃れられる上に、主のお傍に行けるとあって私達の返事は決まっていた。
「本当にお主等は、落ち着きがないのう…朔也よ、やはり従者がいなければ何も出来ぬか?」
ご隠居様の明らかな挑発を、朔也様はどう切り抜けられるのか…
「……主従なんて、関係ありません。物心さえつかない時から、ずっと共にいてくれた。今までしてくれた分を、己が出来る事で返しているだけです」