《中学1年生編》
一言で《反抗期》と言っても、世の中の全ての少年少女にやってくる訳じゃない。
3割※の子供達は、それとは無縁の生活を送っている。
【※1983年時点での統計です。2015年現在では、1割弱となっています】
昨日僕は、護衛の為にしばらく桐生君と行動を共にしていた。
その時にご家族へ電話してた桐生君の表情や話し方からは、《反抗期》なんて微塵も感じられなかった。
《反抗期》なら、電話さえしないかもしれない。
そんな桐生君と朔也様の違いは、一体何なのか…
要は…家族を愛しているか、家族を信用してないかの違いだろう。
誰だって、信用してない相手の言う事なんか聞きたいとは思わない。
「あ、あの…ごめんなさい…後は、自分でやります……ありがとうございます…」
そう言って桐生君は、僕の手から団扇と手拭いを受け取った。
心なしかさっきより、また顔色が悪くなってるような…と言うより、何か怯えてない?
「え…えっと、大丈夫なの?桐生君」
そりゃ自分でやってくれた方が、会話に集中出来るからありがたいんだけどさ…
「……クリア…お前が処置をしながら、桐生を睨んでいるから怯えているんだ。そんなに嫌なら、最初からやるな」
朔也様に指摘されて、事の重大さに気付いた。
僕は体調を崩した桐生君への処置の為に、桐生君と対面している状態だ。
ご隠居様に話しかけられて答えている時も、僕は桐生君の方を向いていた。
つまり僕は、ご隠居様に向けるべき視線を意図せず桐生君に向けていた訳で…
「ご、ごめん…!嫌だったんじゃないんだよ?桐生君の事、睨んでた訳じゃないからね!?」
焦って弁明する僕の後ろから、嘲笑が聞こえてきた。
「フ…フハハハ!!偉そうに啖呵を切っておいて、肝心な所で何も出来ずに終わるのがお主よ」
燗に障るご隠居様の嘲笑に、何も言い返せない自分が情けなかった。
思わず握り締めた拳が、無様に震えている。
その拳が、そっと誰かの両手に包み込まれた。
「……すまない。あのような事を、言うべきではなかった。お前が桐生を睨むなどある訳がないのは、俺が1番分かっていたはずなのに…」
少し体温の低い朔也様の手は、怒りで火照った僕の心をいとも容易くほどいていく。
こんな僕を、どこまでも信じようとしてくれている。
応えられなければ、男じゃない。
「朔也様…僕は、あなたがいればどんな壁でも乗り越えて見せます」