《中学1年生編》
「『こんな家』とは、よくほざけたものじゃな。言いなりになっておれば、一生の安泰が約束されとると言うのに…これが、《反抗期》という代物かのう?神野の息子よ」
この屋敷で交わされる会話は、配下の者を通してご隠居様の耳に入る。
朔也様と僕の会話も、全て知った上で話しかけられている。
朔也様に言わず僕に言ってくるのは、何も知らない孫にこれ以上余計な知識を与えるなという警告だ。
もちろん、それに従う気はない。
「そうですね。朔也様くらいの年頃のお子様達は、何でも自分で出来ると勘違いされて子供扱いを極端に嫌うようになります。精神的にも不安定な時期に、強制で何かをさせるのは逆効果になりますよ。僕の中学時代が、いい例ではないでしょうか?」
周囲からのプレッシャーに耐えられなくなって、一度でも箍が外れてしまえば自分ではどうしようもなくて…10代で人生を棒に振った人間を、僕は今まで何人も見てきた。
「強制…?これは、異な事を…お主の場合は、かけられた期待に応えられず逃げ出しただけではないか。心配など、無用じゃ。朔也は、お主のようにはならん」
いや…今のままでは、確実に僕と同じ道に行く事になる。
この家庭の教育方針は、誰の目から見ても異常すぎる。
実の子に対して『他人に感情を悟られない為に、無表情でいろ』なんて教える父親…
どう考えてもおかしいのに、現当主というだけで誰もそれを咎められない。
唯一、それを咎められる存在でさえも…実の孫に対して『《当主》にさせてやるから、言われた事だけしていろ』と言う有り様で…
これでは、この家のどこにも朔也様の逃げ場所がない。
逃げ場所を失った子供の行き着く先は、どんな経過を辿ろうとも1つしかないんだ。
僕は奈落に堕ちそうになった寸前で、朔也様という光明を見い出し這い上がれた。
どんなに感謝しても足りないけど、あの時の恩義を返す為に僕はここにいる。
「本当に、そう言い切れますか?ではどうして、朔也様に《反抗期》なんて訪れたのでしょうね?」
わざと挑発的にご隠居様へ言葉を紡ぐと、襖の向こう側で数人が身構える気配がした。
ご隠居様が右手を上げる事で制して、僕の質問に答える。
「何を、言っとるのじゃ…お主が先程、朔也の年頃なら誰でも《反抗期》になると申したではないか」
「これはまた、おかしな事を仰いますね。僕は、『誰でも』なんて言ってませんよ」