《中学1年生編》
【桐生side】
美空君のお爺さんが上座に座ると、重々しい空気の中での食事が始まった。
この人が色んな画策をしてるって聞いたけど、5月5日に話した時はそんなに悪い人とは思えなかったのに…
「……お祖父様…どういうおつもりで、あのような真似をなさったのですか?」
単刀直入に切り出した美空君に、お爺さんは事も無げに答える。
「桐生とやらを、追い出す口実が欲しくてな。拐うくらいは、容易いと思ったが…」
なんか、今さらっと怖い事言われた…
そもそも『母屋に行くな』と言ったのは自分のくせに、無理矢理連れて行こうとするなんて普通の考え方じゃない。
「俺がこの家にいると、何か不都合な事でもあるんですか?でも『泊まりに来い』と言ったのは、あなたでしたよね?」
俺の言葉で、皆の視線がお爺さんへと集中する。
当の本人はそれに臆するでもなく、不敵な笑みを浮かべていた。
この状況でも、そんな顔が出来るなんて…
怯みそうになる心を何とか奮い立たせて、お爺さんの次の動向を待つ。
「そうじゃったな…確かに私は、お主にそう告げた」
「……告げられた時点で、今回の事を企んでおられたのですか?お祖父様」
いつもより低い声音で、美空君は呟くように問いかけた。
『食事をしながら』という前置きで始まった話し合いだったけど、最初に何度か口に運んだだけで皆の箸は止まったまま…
緊張で、食べ物なんて喉を通らない。
……というか、こんな会話しながら食事が出来る訳ない…
沈黙の流れる空間で、時を刻む壁掛け時計の秒針の音だけがやけに大きく聞こえる。
その沈黙を打ち消したのは、意外にもクリアさんだった。
「ご隠居様、この期に及んで…黙して話さずでは、ここにいる誰もが納得しませんよ。お覚悟を、お決め下さい」
言うだけ言って、1人だけ涼しい顔で湯呑みを持ち上げる。
お茶を一気に飲み干し、挑発的な視線をお爺さんに向けた。
「私に喧嘩を売るとは、お主こそ覚悟は出来とるのか?これ以上、親父殿に心配をかけるでないわ…若造めが」
怒りの感情が込められた威厳のある声に呼応して、閉じられた襖の向こうで何かが動く音がした。
1人や2人、なんかじゃない。
部屋を仕切る襖の向こうに、大勢の人の気配がする。
さっきまではいなかったのに、いつの間にこんな…
「……お祖父様、何やら無粋な輩がいるようですが…あれは、あなたの差し金ですか?」