《中学1年生編》
ーー午前8時20分…
既に朝食の準備が整った座敷に通され、用意された座布団の上に座った。
まだ、お祖父様のお姿はない。
向かいに座った桐生が、緊張のせいか今にも泣き出しそうで…
「……桐生…そんなに、かしこまらなくていい。膝も崩して、楽にしてくれ」
ずっと正座したままで1時間近く座っているのは、慣れていない者にとっては苦痛だろう。
「あ、ありがとう…」
俺に礼を言って、ゆっくりと膝を崩していく。
緊張は解けないまでも、桐生の表情が和らいだ事に安堵した。
それから程なくして、廊下にいる従者2人の視線が動く。
「ご隠居様が、お見えになられました」
高木の言葉を受けて、その場の空気が一瞬で張り詰めた。
「美空君…やっぱり、正座した方がいいよね…?」
座り直そうと腰を上げた桐生に、俺は首を横に振る事で制した。
「……そのままで、構わない。お前は、お祖父様の客人ではないんだ。堂々と、していろ」
言いながら、お祖父様を出迎える為に立ち上がる。
屋敷の外廊下へ出るには、下座に座る桐生の横を通る事になる。
案の定、俺の行動を見た桐生も立ち上がろうとしたが…
「座ってなさい。朔也様が言われた通り、君はご隠居様の客人ではないんだから…出迎える必要はないよ。視線だけ向けて、会釈するだけでいいから」
桐生の隣に座っているクリアが、事細かに説明をしてくれた。
心の中で感謝の意を述べて、外廊下に出た。
「珍しい事もあるものだ。朔也、お主が先に来て待っているなど何年振りかのぅ……そのような顔をするでない。折角の朝食が、不味くなるわ」
昨日の晩に自分が桐生にしようとした事を棚に上げて、よくもそんな事が言えたものだな…
「……お気になさらないで下さい。朝食の準備は、既に整っております。話は、食べながらに致しましょう」
お祖父様は俺を一瞥した後、座ったままのクリアと桐生へ視線を巡らせる。
2人は、顔だけをお祖父様へ向けて会釈をした。
「ふん…それが、お主の出した答えという事か…クリアよ」
問いかけたお祖父様に視線を合わせず、クリアは俺を見る。
「はい。僕は、もう迷いません。僕にとって、何が1番大切か…それが、やっと分かりましたから」
臆面もなく告げられた言葉に、言われた俺の方が恥ずかしくなった。
それを気にせず、お祖父様は座敷の上座へ歩いて行く。
俺も従って、自分の席に向かった。