《中学1年生編》
そのような言葉が、聞きたい訳じゃない。
俺は、何をやっているのか…
我が儘を言って、使用人を困らせて…
これでは、嫌っている父親と同じではないか…
「美空君…戻って来ないから、心配したよ。何か、あった?」
声が聞こえてきた方へ振り返ると、桐生がこちらへ近付いて来ていた。
俺の中にあるこんな醜い感情を、桐生にだけは知られたくない。
何かを言わなければ、不審に思われてしまう。
どうすれば、誤魔化せる?
「……あ…えっと、クリアが『喧嘩を売る』らしい…」
「朔也様…もう少し、言葉を付け足して下さいよ…たったそれだけじゃ、意味が分かりませんって…」
俺の言った事に、当事者であるクリア本人から抗議された。
咄嗟に思い付いた言い訳に、そんな高度な技術を求められても困る。
「『喧嘩』って、どういう事ですか?もしかして、それで悩んでたとかですか?」
ここにいる4人の視線が、クリアに集中する。
クリアの迷いのないグレーの瞳は、真っ直ぐに俺を見詰めている。
「さっきまではね…『悩んでた』よ。でも、僕はもう決めた。ご隠居様が力付くで来るなら、それ以上の力で叩き伏せればいい。なまじ権力があるせいで、何をやっても許されると思ってる。ああいうタイプは、自分の手駒が無くならないと愚かさに気付かないんだよ。久々に、暴れまくってやる」
『喧嘩を売る』=お祖父様の『手駒』を、1人残らず潰すという事か…
しかし…クリアがどれ程強くても、向こうの人数も分からないのに無謀すぎる。
「クリア様、お待ち下さい。そのような事、私は承服致しかねます」
高木の申し立てに、水無月も同意する。
「私も、承服出来ません。ご隠居様の護衛は、この屋敷1番の手練れ…あなた様お1人では、闘う前から結果が見えております」
……何も、そこまで言わなくても…だが、《当を得た※》意見だとは思う。
【※当を得た:道理にかなっている】
俺から視線を外したクリアは、異議を唱えた2人にその視線を向けた。
「随分、はっきり言うね。でもさ…『1人』で闘うつもりは、もうないよ。お前達が、僕に力を貸してくれるんでしょ?……って、何でそこで固まるの!?その為に、あんな説得したんじゃないの!?」
動きを止めた高木と水無月の顔の前で手をひらつかせながら、焦りを含んだ声を出している。
「……ッ…!申し訳、ございません…正直、これ程上手くいくとは…」