《中学1年生編》
【朔也side】
「……『頼み事』?」
俺を見詰めるクリアの瞳が、30分前とは違う色をしているように見えた。
この短い間に、一体何があった…?
「はい。僕は今から、ご隠居様に喧嘩を吹っ掛けます。あなたを、守る為に…そして、僕自身の《矜持※》の為に…」
【※《矜持》:自分の能力を、優れたものとして誇る気持ち。】
お祖父様に…喧嘩を…?
俺を、守る為に…?
どうして、俺なんかを守るんだ…
何をするつもりか分からないが、そんな事をして無事で済む訳が…
「……やめろ…俺なんかの為に、お前が危ない橋を渡る必要などない。俺は、もう…誰かを犠牲にして、自分だけが生きていくなんてしたくはないんだ…」
それでなくとも、俺の従者でもないクリアが俺を守る必要はない。
「クリア様!あなたは、まだそのような事を……ッ!?」
抗議の声を上げた高木が、言葉を詰まらせた。
言葉の途中で、クリアが振り返ったから…
自然と俺に背を向ける形となった為に、俺からクリアの表情は見えなくなる。
「この計画を僕1人で実行したら、間違いなく社会的地位を剥奪されるだろうね。父さんへの言い訳とか、色々考えてたのに…決心、揺らいじゃったよ…お前達のおかげでね…」
決心が揺らいだ、という事は…
今は、『犠牲』になるつもりではない…?
与えられる情報が断片的過ぎて、頭が混乱している。
「高木先輩、説得に成功したんですね」
後ろの方から桐生の声がして振り向くと、安堵した表情で高木を見ていた。
言葉を聞く限り、何も知らなかったのは俺だけ…
いつも、俺だけ蚊帳の外…
「……『説得』とは、どういう意味だ?」
自分でも、驚く程の低い声が出た。
悲しみより、怒りの感情が心を支配していく。
俺の問いかけに、言葉を返したのは水無月だった。
「さ、朔也様…全てが終わり次第、ご報告しようと…」
終わった後の報告など、いらない!
「……ふざけるなッ!いつも…いつも事後報告で聞かされて、俺だけが何も知らない!お前達は、俺を何だと思っているんだッ!」
これでは、完全な八つ当たりとしか言えないな…
《問題が発生すれば使用人が解決に尽力した上で、それぞれの主へ報告》
このような取り決めを、忠実に守る使用人に八つ当たりしている。
「あなた様は、私共の大切な御主人様でございます」
決まり文句ばかり並べる水無月を、睨み付けた。