《中学1年生編》
「……………な、何言って…そんなの、お前達の勘違いだよ…僕に、そんな価値…ある訳、ないじゃないか…」
珍しく、動揺されている。
声が震えている事を、本人は自覚しておられるのか?
朔也様のお名前を出せば、クリア様は途端に弱くなる。
卑怯かもしれないが…無謀な作戦を止める為に、利用出来るものは徹底的に利用してやる。
「楓、あの話を…」
「了解。任せておいて」
私達のやり取りに、怪訝そうな目を向けられる。
あと少し…あと少しで、朔也様の元にクリア様が戻ってくる。
今まで以上に慎重に事を運ばなければ、全てが無駄な徒労で終わってしまう。
「『あの話』って、何…?」
人を無下に扱わないクリア様の性格が、今は有り難かった。
「私達がアメリカへ渡った当初、毎晩のように朔也様はうなされておられました。『クリア、ごめんなさい』と…」
そればかりか、ろくに食事も摂られなかった。
「どうして…今は!?まさか…」
『まさか…』今でもうなされておられるのか、とお聞きになりたいのだろう。
楓も察したようで、クリア様の質問に答える。
「大丈夫です。今は、うなされてはおりません。その治った原因とは、この1通のお手紙でした」
そう言って1通のエアメールを、クリア様に差し出した。
エアメールの受取人は朔也様、差出人は…
「……………父さん?何で、父さんが朔也様宛に手紙を…一体、どんな事書いて……これ、中を見ても?」
気になっていても、他人宛の手紙を見る事に抵抗があるのだろう。
確認してくるクリア様に、私と楓は大きく頷いた。
封筒から手紙を取り出したクリア様の視線が、手紙に書かれている文字を追っていく。
そして2枚目に差し掛かった時、その視線はある一点から動かなくなった。
手紙の、その場所に書かれているのは…
ーークリア様が、空手で全国3連覇を成し遂げた事…
ーー跡を継ぐ為に、医学部への進学を決めた事…
まるで自分の事のように書き綴られた文章は、親としての喜びに満ち溢れている。
手紙が、届いた当時…9歳だった朔也様が、何度も何度も読み返しておられる姿をお見かけした。
それから3ヶ月おきに届く、クリア様の近況を記した手紙を心待ちにされていた。
「その1通だけではなく、今まで届いたお手紙全て大切に持っておられます。これで、分かったでしょう?何とも思っていないのなら、何年も後生大事に持っておりませんよ」