《中学1年生編》
まさか…あの約束を、覚えておられるのか?
朔也様の表情を見詰める僕を知ってか知らずか、その瞳は菩提樹の花を懐かしむように見上げている。
9年前当時、僕は13歳で…朔也様は、まだ4歳になったばかりだった。
成長と共に、忘れ去られていてもおかしくない記憶…
覚えてもらえていた事に喜びを感じる一方で、約束を果たさなかった自分への後悔が胸を締め付ける。
人は間違いと後悔を繰り返して、成長する生き物らしい。
だったら…今までの人生において間違いと後悔だらけの僕は、どれだけ成長出来たのだろうか…?
「朔也様、申し訳ございません…」
今更謝っても、取り返しがつかないのは分かってるけれど…
菩提樹の花を見上げていた朔也様が、ゆっくりと僕の方へ視線を向けられた。
「……なぜ、謝る?」
感情の読めない冷めた瞳は、9年間という歳月を否応なく感じさせる。
「僕は…あなた様と交わした約束を、破ってしまいました…」
果たすべき約束も守れなかったくせに、よくも『信じてほしい』などと言えたものだよね…
「……『約束』…なんて、しなければよかった」
ーーズキッ!
心臓が、痛い…
《心》というものは、心臓にあるのかもしれない。
分かっていた事なのに、覚悟していたはずなのに…
「申し訳…ございません…」
謝罪の言葉しか思い浮かばない自分が、情けなくて悔しくて涙が出てきた。
「クリアさん、大丈夫ですか?どこか……」
桐生君が言い終わらない内に、僕の目の前に白いハンカチが差し出された。
差し出したのは、もちろん朔也様で…
「ありがとう、ございます…」
そのハンカチを受け取ると、僕に背を向けて歩き出された。
僕は、朔也様に許される事は出来ないの?
もう、手遅れなのかな…
白いハンカチを握り締めて、更なる涙が頬を伝っていく。
そんな僕と朔也様を何度か見比べた桐生君は、予想もしなかった言葉で朔也様を引き留める。
「み、美空君…事情が分かんない俺が、口挟むべきじゃないかもだけど…ちゃんと本心を言わなきゃ、お互いに誤解してすれ違ったまま終わっちゃうよ?」
本心…?
桐生君は、何を言って……
え…?戻ってきた!?
「……………俺が『約束』なんて言い出さなければ、お前にそんな顔をさせる事もなかったのに…謝ってなんか、ほしくない。今年は、一緒に見れた。それだけで、充分じゃないか…」
今度は嬉しくて、涙が止まらない。