《中学1年生編》
ーー10分後…
ーーカチッ…!ガラララ…!
美空君が窓を開けた途端、夏特有の湿気を含んだ熱気が室内に入ってきた。
クーラーによって冷まされた体温が、急速に暖められていく。
用意してくれたつっかけを履いて、先を歩く美空君の背中を追いかける。
「……桐生、後悔をしているのではないか?」
「え…?何で?泊まりに、来た事?後悔なんて、する訳ないよ」
俺は自分がこうすると決めた事に、後悔なんてしたくない。
そんな事に時間を使うくらいなら、これから先の最善を考える方が俺に合ってる。
「……お前は、強いな…」
そう小さく呟いた美空君は、東屋に入って置かれている椅子に腰かけた。
目線を追うと、朝日に照らされた菩提樹の花に辿り着いた。
「綺麗だなぁ…」
頭の中に思い浮かべていたよりも、もっとずっと綺麗で美しかった。
甘くて良い香りに、全身が包まれてるみたい。
目を閉じて、肺いっぱいに香りを吸い込んだ。
「……この香りが、気に入ったのか?」
「うん!心が、とっても落ち着く。俺、菩提樹が好きになっちゃった」
何度か深呼吸を繰り返して後ろを向くと、美空君と目が合った。
一連の動作を見られてたかと思ったら、何となく気恥ずかしくなってくる。
「……すまない。そこまで気に入ってもらえるとは、思ってなかったから…少し、驚いた…」
いや、謝らなくても……
そういえば、この場所って…
美空君にとっての、秘密基地かな…
「ねぇ、美空君。人ってさ、みんなそれぞれにお気に入りの場所があるよね。子供の頃は、そこに秘密基地なんか作っちゃったりしてさ…自分が、自分に戻れる場所…今の気持ちに、素直になれる場所…」
この『秘密基地』に、俺を連れてきてくれた事が何よりも嬉しい。
とても不器用で、気持ちを表情に出す事もしなくて…寂しいと泣く事も出来なくて、何かを欲しがる事もしない。
それを全て変えれたら、笑顔もきっと…
「……『自分が、自分に戻れる場所』か…本当に戻れるものなら、戻りたい。あの頃の自分に……なぜ、そんなに嬉しそうなんだ?」
なぜって、決まってるじゃないか!
いくら他人が変えたいと思っても、本人にその意思がなければ意味がない。
でも美空君は今、意思表示をしてくれた!
「嬉しいよ。俺も、全力で出来る事するから!」
「意気込みは、凄いねぇ。そんな簡単に、事が進めばいいんだけど…」
え…クリアさん!?