《中学1年生編》
「……………」
言葉が、見付からない。
知りたいと言っておきながら、実際に聞いた途端…気の利いた事を、何一つ言えないなんて…
「お前……」
………?…まるで表情から、心を見透かすように見詰められている。
「何ですか?」
あまり、居心地の良いものではない。
「…………なんか、難しい事考えてない?僕は、聞かれたから答えただけだから。お前が、複雑に考えるもんじゃないし…今は、もう立ち直ってるんだからさ」
この人はもしかしたら、本当に心が読めるのではないだろうか…
今までも何度も思った事を、改めて思ってしまう。
普段通りのヘラヘラとした笑顔に戻ったクリア様は、私に背を向けて歩き出した。
「どちらへ、行かれるのですか?」
この道場の出入口は、1つしかない。
そして…その唯一の出入口の所に、自分は立っている。
外に出るつもりなら、私の方へ歩いて来なければおかしい。
「ん~?ここに、泊まるんだよ」
…………今、この人は何と言った?
『ここ』は、道場だ。
柔道用の畳はあるが、布団などは当然ある訳ない。
人が泊まるような、場所ではない。
「ふざけないで下さい。部屋は、用意しているでしょう。なぜ、そちらで寝ないのです?誰だって、畳より布団の方が寝やすいのでは…?そもそも『ここ』の畳は、寝る為の物ではなく柔道という競技を行う為の……聞いておられますか?」
話の最中に、欠伸をしながら畳を持ってくる。
こうなったらもう、言うだけ無駄だ。
朔也様を巻き込まなければ、この人がどこで何をしようがどうでもいい。
私が、クリア様の心配するなど…ありえない。
「聞いてる、聞いてる。そんな事より、もう2時過ぎてるよ。丑三つ時だよ~。怖くて部屋まで戻れないなら、連れて行ってやろうか?それとも、ここで一緒に寝る?」
おどけて見せるクリア様に、苛つきが増幅していく。
先程までの…真面目な顔をしたあなたは、どこに消えた!
「結構です!もう、勝手になさって下さい!」
苛つきの原因は、分かっている。
いつまで経っても、クリア様は私を子供扱いする。
話をしていてもすぐに茶化されるのは、1人前だと認められていないからだ。
「……ごめんね…僕って、こういう性格だからさ…許してよ。今日はね、どうしてもここで寝たいんだ………迷惑だけは、絶対かけないから…」
やはり、その理由を言わない。
追求を諦めて、道場を後にした。