《中学1年生編》
ーー4時間後…
ーー1983年7月17日(日曜日)・午前1時30分…
誰もが、寝静まっている時間…
僕は、道場にいた。
ここに来れば、嫌でも思い出す昔の光景…
周囲からの期待に押し潰されそうになって、一度は逃げ出したこの場所に…今、僕は自分の意思で立っている。
こんなどうしようもない僕に、期待してくれた人達がいた。
守ってあげられなかった人が、確かにここにいた…
後悔をするのは、今日が最後だ。
取り返せない事を嘆くより、彼等が命を賭けて守り抜いた…大切な《朔也様》を、今度は僕が必ず守り抜いてみせる。
そう誓うと、心の中にいる彼等が笑ってくれた気がした…
「もっと、強くなりたいな…」
呟いた言葉は独り言で、誰に聞かれる事なく消えるはずだった。
「あなた様でも、まだ強さを求めるのですね」
返ってきた言葉に驚いて振り返ると、道場の入口に大和が立っていた。
「お…まえ、どうして…」
昼間ならともかく、もうすぐ丑三つ時になろうかという時間だ。
いくら大人びて見えても、大和はまだ中学3年生。
普通、眠くなる時間なんじゃないの…?
「見廻りです。こんな時間に道場の明かりがついていたら、誰だって不審に思いますよ」
「あー…、そういう事ね…」
最近色んな事があって忘れがちだったけど、大和は朔也様の《教育係》だ。
使用人の中で、それなりの地位がある。
本人ですら、まだ義務教育も終わってないのに…
あの《事件》の時に大和の父親が急逝してしまった為、当時7歳だった子供にその役目が引き継がれた。
《教育係》はこの屋敷で、高木家にのみ引き継がれてきた特別な役職。
例え跡継ぎがまだ年端のいかない子供であっても、他の者に代理をさせられない程のものだ。
何も知らない内に父親が亡くなっただけでなく、今まで大人がやっていた仕事をやらされて…
『父親と、同じようにやれ』と言われ続けて、早8年経った…
そして…かつて僕の心が壊れて、暴走してしまった頃と同じ年齢になった。
大和にだけは、僕のようになってほしくない。
「何を、考えているのですか?」
「え…?あぁ…いや、その……」
誤魔化そうとした自分に気付いて、言葉に詰まった。
暑さからなのか、緊張からなのか…こめかみから、汗が一筋流れていく。
「ハッキリと、言いなさい」
これじゃ、どっちが年上なのか分かんないなぁ…
「お前が、羨ましかったんだよ」