《幼少編》
――1970年5月…
物語は、ここから始まる。
――平安時代から続く旧家・美空の屋敷…
その日の明け方、1人の男の子が産声をあげた。
待望の世継ぎ誕生に、その場にいた誰もが喜んだ。
だが…その喜びも、束の間…
母となった女性の容態が、急変…
一刻を争う事態に、使用人達が慌てふためく。
「何をしておる!早く、御子を連れてこい!」
使用人達を怒鳴り付けたのは、先祖代々主治医を務めている神野家の者。
「僕が連れてくる!」
真っ先に名乗りをあげたのは、主治医・神野の1人息子。
異国の血が、流れているのだろうか…
赤みがかった茶色の髪に、グレーの瞳…
年の頃10歳くらいの男の子が、大人達の間をすり抜けて走って行った。
「……私の…赤ちゃん…は…?」
何もないはずの宙に、手を伸ばして涙を流す。
その目には、ここにいない夫の姿が浮かんでいた。
「間もなく、連れて参ります。あなた様に似て、聡明な男の子ですよ」
主治医の言葉に、女性は嬉しそうに微笑む。
「奥方様!御子様を、お連れ致しました!」
戻ってきた主治医の息子は、腕に抱き抱えていた赤ん坊を女性に見えるように枕元へ。
産まれたばかりの小さな手を握り、母となった喜びを噛み締める。
「【朔也】…朔まりの子…どうか…幸せに…なっ…て…」
女性の身体が力を失い、布団に沈んだ。
主治医が脈をとり、首を横に振った。
次の瞬間…
先程までの歓喜は泡と消え、その場は悲しみが支配していた。
1つの命が誕生し、1つの命が消えた。
産まれた男児は【美空 朔也】と名付けられ、これから始まる物語の主人公となる。
朔まりの子…
その名の通り、全てはこの日から始まった。