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蒸気機関少女  作者: コスミ
二章 君に出会いたくなかった
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早く帰って欲しいじゃないですか



 中に入れそうな大きさの振り子時計が、ボーン――ボーンと二回鳴った。

 ここに座ってもう三〇分くらい経ったか……なんだかんだで、すっかり寛いでいる。

「そういえば、まだ、お名前聞いてませんでしたね」

 と目を大きくして聞くアマネは、脚を揃えてカーペットに座り、ローテーブルの上で両腕をクロスしている。

「名前は、筆柿ふでがき竜」

 すっと彼女は背筋を伸ばした。

「あ、僕は御苑生みそのう周です」

「みそのう……なんか珍しそうな名字だけど、どう書くの?」

「えっと、御は、御御御付おみおつけでたくさん使われる字で、苑は、御苑ぎょえんの苑で……あの、国構えの園より画数が少ない、草冠の方です。生は普通の生まれるという字で、あ、あと名前の周は、円周率の周です」

「……なるほど」

 とてもよくわかった。書いてあるのを見せてもらった方がいいということが。

「でも、ふでがきって名字も珍しいですよね」

「字は、筆に果物の柿。そういう形の柿を育ててる家系なんだよ。大きい四角っぽいやつじゃなくて、細い、どんぐりみたいな形のやつ」

「へえ……ご家族はそういう職業なんですか」

「いや。なんかよく育ててるってだけ。名字っていうか、地名に近い感じだし。あと近所の人とかは音読みで呼ぶことの方が多いよ、特に上の世代の人ほど」

「はあ……そうですか」

 これ以上は里のことを喋らない方がいい。ちょうど興味もなさそうだし、話題を変えよう。

「周さんは、歳、一三くらい?」

「いや、一四です。この春で中三です」

「ああ、そうなんだ」

「えと……筆柿さんは」

「竜でいいよ。そっちのはちょっと、呼ばれ慣れてないから。あぁ、ちなみに字は竜田揚げの竜。簡単なやつ」

「じゃあ……竜さんは」

「……ん? ごめん何だっけ」

「あの、良かったらお歳とか……」

「ああ、十五だよ。この前なった」

「じゃあ、高校生ですか、一年生」

「いや、うん……」

 だめだ、結局答えにくい方向に来てしまった。里以外の子と話すのは思ったより難しい……というか、そうだよ、まず、里との関係があるかどうかそれとなく探ったほうがいい。もし里の関係者か支援者家族だったらすごく助かる。まったく今さら気づくなんて……頭回ってないのか……。

 まあいい、とにかく聞こう。

「あれ、そういや周さん、ここって、自宅……?」

 いきなり核心は突かず、流れをつくっていく。

 周は、こちらの視線に乗ってちらと部屋を見回しながら、

「いえ、別荘です、かね……一応」

 予想通りの答え。とにかく相当お金持ちなのは想像できる。もうなんか貴族っぽいし。

「へぇ……いいとこだね、大きいしさ……あれ、家族で来てるの?」

「いや、えっと今日は、ロッコと僕しかいません。昨日までは、あと姉が居ましたけど」

「そうなんだ。実家は、どのへんなの?」

 ――目が合った。

 周とではない。階段のところから頭だけ出している奴と……。

「実家ですか? 実家は遠いですよ――あ」

 と周がそちらへ首を振って気づく。

「ロッコ! ちょっと困るよ居てくれないと……」

 小声で零しながらすぐ立ち上がって近寄る。ロッコも階段を上がりきった。

『すみません、蒸気で滅菌するのに時間を食いました』

 なんだその行程は。俺と俺の服がかわいそうだろ。

 しかし蒸気って……世界観が止まらないな。でも、もしかしたらこいつなら本当にやりかねない……デッキの下のスペースに停めてあった車の奥にいろいろとでかい道具が揃っていたし、あるいは蒸気を吹き出す洗浄機もそこにあって、それを使ったのかもしれない。

 そういえば、ほんのかすかにシューっていう音が外から聞こえていたような気がする……。やったな、やはり本当に。

「そうなの? じゃあ蒸気で暖まったから早めに乾くかもね」

 と周は平然と返した。観点が独特だ。

 ロッコは、そこで改まった調子で切り出す。

『あの……そのことで考えたんですが、生乾きでもいいと思うんです』

 えっ。どういうこと……。

「いやっ、そこはちゃんと乾かそうよ……」

 周が代弁してくれた。ありがたい。

『だってなるべく早く帰って欲しいじゃないですか。生乾きでも、別に着られますよ』

 そういうこと言う? 本人の目の前で……。

「だめだよ……。連絡したらあさひも泊めてやればって言ってたし」

『ええーっ?』

 うわ、超嫌そうなんですけど。

『そんな泊めるなんて……屋内にですか?』

「……うん」

『では、どこに縛りつけておくんですか?』

「なっ、縛りつけないよ。回復どころか余計疲れちゃうじゃん。まだ布団あるでしょ」

『はぁ……。泊めてもいいとは、旭が許可したんですね?』

「うん。僕も賛成」

『では、仕方ありませんね……』

 ちらっと横目で見られた。ほんとに冷酷な目だった。

『最初から存在していなかったことにしてしまえば……』

「はあっ?」

 思わず立ち上がる。放たれた殺気は本物だった。目が……光っている。

「ちょっとロッコ、冗談言ってないで……」

『はい』

 すぐに殺気と目の光を消した……異常に器用だ。

『旭は、他に何か言ってましたか?』

「そうそう、旭お姉ちゃんは――」

 と周は一瞬ここでちらりと視線を振ってきた。俺に対して、アサヒという人が周の姉だと伝えるためだろう。細かい配慮だ。どこかのレイヤーも見習って欲しい。ていうか思えばこいつは周といったいどういう間柄なんだ……?

「――夕方に一応ちょっと結果が出るらしいから、そのあとこっち来るって」

『うーん……興味を持っているんですかね? リュウに』

「興味っていうか、普通に心配なんでしょ……森で倒れてたんだから」

『そうですか……。でもそこまで心配するほどじゃないですよ……ねえ?』

 と話をこっちに振られた。お前はどの立場で言ってんだ……。

「や、まぁ……ね。確かにあまり――」

『ほら、だいじょぶなんです。ですから旭にリュウを一通り見せてしまえば、すぐに飽きてくれて、もう森へ返してもいいということになると思うんです』

 あぁ……ひどい。一貫してひどいこいつは。

 しかし熱心に説得しているが、あからさまに発言をバッサリ遮られたことを俺は忘れない。 

『ですので、今から旭のところへリュウを持って行きませんか?』

「えっ、今からは無理じゃないかな……」

『それに旭のところなら、ここよりは医療設備も整っているのでしょう?』

「ああそっか、それを考えると良さそうだね。街にも、ちょっとは近いし――あ、あの」

「はい」

「竜さんは、どちらにお住まいですか? ご実家の方に連絡とか……」

「あ、そうそう、そうだった。連絡したいんだけど、今朝ついに携帯のバッテリー切れちゃって……」

「あっ携帯お持ちなんですか……」

 意外そうな顔をされた。まあ……しかたないか。

「そう、あの、なので充電させて貰えると……」

「ええもちろん――えっとコンセントの位置は……」

「あ、そっか充電器持って来てないんだった……。電池で充電するやつならあるんだけど……単四電池って、ありますか?」

「単四ですか?」

 周はロッコを見る。ロッコはちらと俺を見て、

『チッ――』

 すぐ周へと視線を戻す。

『あります』

 無いとウソをつかれるよりはマシ……と、そう自分に言い聞かせるしかなかった。

「あ、良かった」

 周は手を合わせてこちらへ頷きを見せた。


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