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蒸気機関少女  作者: コスミ
一章 ある日、森の中で
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六子です

 

      *


 明るい。温かい。

 痒い……ような、なんだろう、全身がソワソワする感覚。内蔵が、病中の時みたいに焦りつつ頑張っている感じもある。病み上がり?

 夢ではない。と、少なくとも半分ほど自覚している。そういう夢かもしれない。

 眠っているのか。横になって……この平で、固いところに寝ている。今ひとつ、じわじわして曖昧な身体感覚ではある。寝返り不足で背中が痺れたか。

 痺れ、た……?

 そうだ、そうだ! 俺は!

 上体を起こす。

「う、わ……」

 どこだここ。眩しい。ってことは森の中ではないが、辺りに木は多い。ていうか固い板の間的な場所だ。その板目をちょっと見て、目が痛すぎてすぐ閉じる。

「う……あったま痛てえぇ……」

 まぶたの裏で星が散る。

 ものすごい倦怠感だ。すぐもう一度横になりたい、けどその動作をするのも面倒、というようなどうしようもなさ。だるすぎて溶けそう。いやむしろ溶けてしまいたい。

 う……ヤバい吐きそう。ヘビと再会しそう。

 いや、だめだ。貴重な栄養素だ、意地でも離さない! 俺とひとつになれ、ヘビ!

 深呼吸。チャクラ的な気合いを練る。少々の体調不良ならこれで治せる。

「ふうぅ……。ううーしんどいぞこれぇ」

 一昨年か、初めて締め落とされた時もこれくらいだったか……いや、越えたかも……。

 というかそんなことより状況把握がものすごい置いてきぼりだ。えっと、熊に遭って、毒で落ちて、で、今か。

 まだ昼だ。太陽は高い。

 胃の中的に、まる一日経過ってことは無いな。なら時間はそんなに経ってない。

 じゃあ、ここは……そうか。

 絞りに絞った薄目で頭をゆっくり持ち上げて動かすと、すぐ壁が見えた。丸太を積んだ外壁。ログハウスだ。すぐ近くにドアも確認できた。入り口手前の屋根なしポーチといった場所か、ここは。

「運ばれた……ってのか」

 胸の芯が、ぎゅうっと詰まる。恥ずかしいような、やりきれない感覚。

 助けられたんだ。今あるこの、命を……。

「でもいったい、誰に……?」

『六子です』

「うわぁ!」

 背後の至近距離からの声! ほとんど脊椎反射で肩越しにその姿を視界に捉える。

 黒、白、銅。

 ゆったりした椅子に横様に腰掛けて脚を組んでいる。両手をその膝の上で重ねて置いていたりと何だか余裕と圧威を感じさせるポージング。

 黒ベースに白のアクセントが入った細身ながらゴツい甲冑姿で、腰には白いフリフリの前掛けという硬軟の緩急でめまいを誘う。上半身には赤銅色の細い配管が整列してうねっていて電子基板を連想させた。

 人……か? 女?

 顔は、色白ながらちゃんと肌の色なのだが質感が不思議だ。ツヤ消しのクリア塗料が厚く塗布されている感じ。けど目とか睫毛とかリアルだな……こわ。

 頭部は、兜にしてはオープンすぎる。後ろ側は見えないが、前側は、額当てっぽい金属パーツが、ぱっつん前髪の上部から両耳の上を通ってうなじ方向へ消えている。

 前髪、というのはしかしこれまた金属だ。サイドもトップも、配管に沿って覆うように垂れているもみあげも、みな一様に髪を模した金属で、色は、甲冑よりは明るい黒。ヘアライン加工されていて、まさしくそれっぽく光を反射している。

 顔を含めその造型といい、見れば見るほどに、とんでもなく、気圧されるほどクオリティが高かった。吸い込まれ、どこか不安になるような隙の無さ。完璧に精緻に造り上げられたものであると、本能レベルで思い知らされる。神々しい、とまで言っていい。

 きっと、大の大人が束になって大人げなく本気でつくり込んだ一品……そうに違いない。

 ああ……これは、ただ事ではない!

 これはただのフィギュアではない……!

 世界を獲りにいく気合いを感じる!

「うわぁ……」

『それで、あなたは?』

 わ! 喋ったぞ、また。しかも頭動いた。

 って動いた? 動いたなんて!? うわ前髪も!

 なんてこった……。

 信じられない……。

 やはりこれは……、

 ただのフィギュアではない……!

『……呼吸したほうがいいですよ』

 呼吸。……忘れていた。

「ふはぁ…………どうも」

『で、誰?』

「えっ……俺?」

 白い顔がゆっくり上下。しかし瞳はこちらを捉え続けていた。すごい技術だ……。

「――っと、俺は……」

 ここは、素直に言っていいか? まあ俺を助けるくらいだから、大丈夫だろう。

 しかし何だか……。どこかが……そう、声だ。声が不思議な感じだ。

 声質が? 違う、なめらかで上質な声だが、そういうことだけじゃない。

 何か……こう、引っかかる感じ……。誰かと、似ている? いや、そうでもない。

 なんだろう、どこかで聞いたような……。

『まだ、頭が回らない?』

「あ、いや、ぼちぼちです――」

 ちょっと変な返しになってしまった。話し出す前に、心情の表面化をオフにする。

「――えっと、俺は竜っていいます。ちょっと趣味で山籠りしてました」

 言いながら、現状このフィギュアを遠隔操作しているであろう相手と向き合っていることを意識して、こちらとの心理的な距離感を量る。

 気づいたが、弓だけでなく、矢筒も鉈も無い。弓だけならともかく、他は、わざわざ身体から外されたとしか考えにくい。

 武器を取り上げられている。

 そして、相手の領域に連れて来られている。

 ここが閉鎖空間でなく、こういうオープンな場所で拘束もされていないとしても、充分緊迫した状況だと判断すべきだ。うっかりフィギュアで油断していた。

 少なくとも、相手に警戒はされているんだ。

『山籠り……』

 間を埋める相づちだ。質問はしてこない。

「それで、そう! こちらの、この建物を見つけたんで、向かって来ていたんです」

『何をしに?』

 短く問い、今度はなんと上半身ごと動いた。前傾し、組んだ膝の上に片肘をついて口元に手を当てたのだ。その動きと、駆動音……。

 恐ろしい技術だ……。

 CGかと思うほど、なめらかすぎる挙動。しかも音がほとんどしなかった。金属の摩擦音も、モーターの回転音も。

 思わず、上から糸で操っているのではないかと見てしまった。

 もちろんそんなわけもない。この重量感だ。中身が詰まっているのは、気配と動きの安定性から見てもまず間違いない。何となく、だけど。

 いや、待て。中身、か……。

『ねえ。何をしにここへ向かってたのって』

「あ、そう、それなんですけど。あのそれよりちょっと聞いていいですか?」

『……なに』

「えっと……失礼だったらすみません」

『だいじょぶ。失礼だったら許さない』

 どこが大丈夫なんだそれ。

「いや、じゃあやっぱり……」

『いいから、なに?』

「ええっと……完全に興味で聞くんですけど……あのぉ……中に人、入ってます?」

 間。……長い。毒が回っていくかのような嫌な静寂を、健気に慰める小鳥の声。

『……許さない』

「うわ! なし! 今のなしで!」

『はい冗談。六子は、このフレームと、搭載されている模擬人格とを包括した総称です』

 ……なんだろう。ついていけない。色々と。

 軽く手を挙げる。待った、のポーズに近い。

「えと、とりあえず、名前が、ロッコ……さん?」

『Yes』

「人格……って、あれですか。人工知能とか」

『そんな感じだそうです』

「あれ……今って西暦何年ですか?」

『二〇一五』

「あ、良かった。タイムスリップしてない」

『私は、六子です』

「あ……はい」

『人ではありません』

 すごい断言。

「うーわ、まいったな……」

 口の中でつぶやく。

 ……そういう設定なのか。

 そして、コスプレなのか……。いや、それはそれで凄いけど。凄いし、なによりもう、どうしたらいいかわかんないけど……。

 しっかしよく出来てるなあ。仮面か、特殊メイク? 顔もだけど全身もまた……。いやすごい。スーパーコスプレイヤーだなあ……。

『もう、いいですか?』

「あはい……」

 と返事してしまったけど、なにがいいのか一瞬追いつかなかった。

『で、リュウがここに向かっていたのは?』

 この質問に戻るわけだ。

 いやでも……こっちとしては、まだしっくりこないところがある。



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