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蒸気機関少女  作者: コスミ
一章 ある日、森の中で
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変なもの


 明るく快適な上に誰も居なかったので、朝食時と同じリビングダイニングを使っていた。

「……はぁーい、それじゃあまた次回……明日の、またお昼でいいかな? じゃあ明日の、お昼十二時くらいの放送でお会いしましょーう。はぁーい。それじゃ、ばいばーい」

 ノートPCの前で手を振って、同時にマウスを操作。ネット生配信を終えた。

『ただいまです』

「あ、ロッコお帰り。遅かったね」

 階段の登り口からロッコが頭だけを出していた。恐らく階下で待っていて、タイミングを見計らったのだろう。放送中、数分前にロッコが帰ってきていたのは音で気づいていた。

『遅れました。あまね、ちょっといいですか?』

 珍しいことに、ロッコの感情を示す前髪ラインが不安げな〈へ〉の字になっている。

「え、なに?」

『パトロール中、変なものを救命して拾って来ました』

「ええっ?」

 周は目を見開き、腰を上げた姿勢で凍りついた。

 なんだか不穏な言葉があった。救命って……。しかも、

「変なもの?」

『そうです』

「なに死にかけてたの?」

『まだ気を失っています』

「なになに……え、もしかして、なんかの鳥のヒナでも拾ったの?」

 割と自信のある閃きだった。しかしロッコは前髪もそのままに首を振る。

『鳥類ではありません。ひとまずその変なものは玄関先に寝かせてありますので、デッキからご覧になれるかと思います。一度確認してもらえますか?』

「え……鳥じゃないの? ていうか大丈夫なの? なんだろう……タヌキとかかなあ」

 首を捻りながら周は窓を開け、デッキへ出た。

 手摺に寄って、今度はより速く、より固く、凍りついた。

 部屋の振り子時計の秒針が九回鳴った。

 と、周はガラス越しに階段のロッコへと視線を送った。そして振り子のようにまた玄関先へと戻す。首だけの機械的な運動だ。

 いま周の居る二階のデッキは、建物からせり出した形なので、右手側から玄関先をくまなく見下ろすことができた。

 玄関ドアの手前、地面から数段上がった高さで広がるエリア。

 その一角には、今は閉じたパラソルと、テーブル。

 その隣には、フルフラットにもなるデッキチェア。

 その側の床に転がされているの、人物。

 破けた死体袋から足と頭だけ出したような姿。

 秒針がさらに九回鳴り、そして一〇回目でそこに長針がユニゾンした。

「……人じゃんあれ」

 ロッコを見る。軽く頷いたようだ。その前髪ラインは水平に戻っていた。

「人なの!?」

 ようやく手摺から離れて叫ぶ。

『人ですね』

「人かあぁ……!」

 身体が震え、周は自分の手同士を胸の前で捕まえ合った。祈りのポーズではない。

 すこし俯き、また数秒静止。そして盗み見るように、ちらっと手摺の向こうを覗く。

「はあぁぁ……!」

 長大なため息。再び俯いて固く目をつむる。

「……だめだやっぱ人だぁ。自分を誤摩化しきれないほど人だった。人すぎるぅ!」

『人ですよ』

「いや、いや……そう! もしかしたら……人形じゃない?」

『人です。細いですが脈もありました』

「人かぁああ……!」

 一縷の望みが打ち砕かれた。頭を抱える。

『衰弱していますし、今は武器を持っていませんので、近くで見てもだいじょぶですよ』

「え、え、なにそれ」

『よろしければ、一緒に側へ行きませんか?』

 小首を傾げて誘うロッコ。前髪はゆるいアーチ状だった。

「いやいやいいです激しく遠慮しますけど。僕が行っても何も出来ないし」

『いえ、周の手を煩わすつもりはありません。ただ、観察したら面白いかな、と』

「面白いって……本気? 恐ろしいだけだよ」

『そうですか。でも貴重な経験にはなると思います』

「いやいいからロッコ早く行って手当してあげなよ。ボロボロだしあの人、あれでしかも脈細いんでしょ?」

『ええ。たぶん今頃が峠でしょう』

「峠! ちょっ、やばいじゃん早く! ここ救急車呼んでも絶対遅いよ!」

『救急車でしたら、到着まで最短でも一時間ですね』

「ほらぁ! もう呼んであるの? そうだドクターヘリなら間に合うかも……」

『いえ、何も呼ばなくてだいじょぶです』

「嘘なんで!」

『致死性の毒ではありませんし、安静にしていれば彼の免疫力ならすぐ解毒されます。あとちなみにヘリは発着場が遠いので結局時間がかかり過ぎます。最短でもおよそ四〇分です』

「え、待って、なに? 毒? あの人なんか変なの食べちゃったの?」

『変なのは、食べていたと思います』

「うわーそうなんだ……。かわいそう若そうなのに……なんだろ、行き倒れかな……日本兵の霊かとも思ったけど……。それか調査兵団」

『では、六子ろっこが行って彼を観察していればいいのですね?』

「あ、うん、お願い。僕もここから見てるから……」

『了解しました』

「――あ、あ、ちょっとロッコ! 今一瞬動いたよあの人!」

 指をさしながら周が振り向く。階段を降りかけていたロッコは、首を伸ばして頷きを見せると急いで駆け下りて階下に消えた。重い足音が連続して響き、遠ざかっていった。



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