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蒸気機関少女  作者: コスミ
一章 ある日、森の中で
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優しさポイズン

「はあ……なんか満たされてフワフワすんな」

 アオダイショウは開いて竹串をうち、ウナギみたいにしてよく焼いて小骨ごと細かく嚙んで食べたら美味かった。最初はハモをイメージして骨切りもしてみたが、途中で火が熾きてきたし忍耐も限界だったのでほんのちょっとだけで止めた。あまりに長く、面倒すぎた。

「てか、あそこって誰か人居るのかな……別荘だったらこの時期微妙だなあ」

 もし居たとして、さらにその人が友好的だったとしたら、かなり夢が広がる。文明の利器の数々が織りなす桃源郷の光景だ。

 具体的には、風呂にシャワー、ベッド、食事……。

「あとは……何か聞けるかもな。アレのこと」

 そうだ、情報だ。むしろそれがメインだった。

 そいつを見つけて、仕留めるまでは帰らないと決めてここまで来たんだ。

 父上が仕留め損なったどころか返り討ちにあって腰を痛めたってくらいの強敵。

 俺が一人前の里守になるための、格好の試金石だ。

 相手に不足はない。たぎるたぎる。ちょっとウェーブ。

 えっと、何ていうんだっけ、鹿じゃなくて、アレ……何だアレ、やべ、ど忘れがヒドい。

 と――

 ちょうどその時、顔を上げると黒い粒が視界に入った。

「あ、そうそう――」

 偶然も偶然、探しているのはああいう動物だった。

 割と近い。こちらが立ち止まると向こうの足音がかすかに聞こえるくらい。

 向こうも立っている。

「――く、く――」

 こちらと向き合う形だ。風上はこちら。

 たぶん、もう、見つかっているだろう。

 目が合った。

「――熊だ」

 くっくくくくくっ熊ぁぁぁああああ――!

 無意識に近くの幹に取り付いていた。情けない。しかしそれどころではない。何が?

 熊が! 熊が威嚇モードで歩いて来る!

 熊かあれは!? 本当に、あれは熊なのか!?

 ……だめだ熊だ! 自分を誤摩化しきれないほど熊だ! 熊過ぎる! ツキノワだ!

 あれが、生きた野生の熊なのか……! なんなんだあの威圧感は!

 それほどデカくないけど、何て言うか、闘気が……オーラがすごい! 見えてる! 俺霊感とか無いのに見えてるよちょっと! 頭とか肩とか、うっすら立ち上ってるぞオーラ!

 自然界にそんなエフェクトってあるの!? 特撮かよ自然界! どうなってんの!? ていうか野生生物でも覇道とか極めていくとあんなオーラ出るの? にじみ出てくるの?

 それかあれ? 俺の目が覚醒したの? 大自然の懐に抱かれてサバイブしてる内に、食物連鎖の力関係が可視化できるようになっちゃったの? 

 死ぬの? つかそんで俺死ぬの?

「いやぁ……死にたくねえわ」

 むしろ落ち着いた、冷めた声。

 それを聞いて、自分でハッとした。

 ……バカか、何考えてんだ。

 死ねるかよ、そんなもん!

「獲るんだ。俺が……!」

 危なかった。一瞬、熊の闘気に気圧されてしまった。だが闘争心ならこっちも負けない。負けていられない。気持ちで負けてたら獲れるもんも獲れないどころか逆に獲られる。

 そう、こんな同じ背くらいのツキノワ、素手でも勝つくらいの気合いじゃねえとな!

 ……まあ、今回は、ちょっと弓使うけど。

 ほら、まだ距離あるし、これは活かさないと、ねえ。

 弓を構え、矢を抜く。その先端の鏃のカバーを爪で摘んで引き剥がす。

 毒矢だ。もちろん全然、これは卑怯とかではない。むしろ熊的にも安楽死だから、これは全然、逆に優しさだ。優しさポイズンだ。

 矢をつがえ、弦を目一杯引き絞る。竹製の弓がしなり、弦の鳴る音が高音域へとグラデーションしていく。

 ――弓が、柔らかい。

 未知の、全力以上の力だった。

 鳥肌が立つ。

 この距離、この力なら、放物線の計算は要らない。真っ直ぐ一直線に飛ぶ。

 諸手を持ち上げた熊の月。

 薄く欠けたその白い的に、鏃の先を重ね、放った。

「よしっどうだ!」

 完璧! 矢は風を切って瞬時に月のやや上へ突き立った。


 ――カァアアン……!


 静かな森に響き渡るその音は……なんだか、固かった。

「えっ……な……うわ、浅っ!」

 しかもそう、全然刺さっていない。せいぜい一〇センチくらいだろうか。

 というより何より、熊はビックリするくらいノーリアクションだった。

 ほんのちょっと止まって、すぐまたこちらへ向かって歩いて来る! マジか!

「骨当たった!? いや嘘だろバカか! なに熊って固ぁっ! クッソ骨太!」

 不満を喚いても威嚇的な効果は無かった。熊は着々と真っ直ぐ距離を詰めてくる。

 もう、十メートルも無い。走って手頃な木を見つけてその上に登って逃げるには、もうこの距離では足りない。熊は人間よりも俊足だ。

 アドバンテージはない。対等な状況でゴングが鳴ってしまっている。

 やるか、やられるか……!

「くっそ!」 

 慌てて二本目の矢をつがえる。

 っと、鏃のカバーを外すの忘れたっ……! いやもういいこのまま!

 そう毒なら一本目が効くはずだ! 即効性の神経毒! 数分と経たず身体が動かなくなる……はず! 頼むよ効けよな絶対!

 いや今は毒なぞ忘れろ、次の一射に集中! 次こそ……射抜かないと!

 限界まで引き絞り、片目の視界の中心で鏃と熊を重ねる。

「くっ……!」

 二本連続で限界突破はさすがにキツいか、手先が痺れて感覚が鈍ってきた。

 長く引いていられない、急いで狙いを定める。

 と、その時――

 熊が、両手を挙げた熊が、頭を……振った?

 ゆっくりと、揺らすような動き……。まるで「やめておけ」と、たしなめるような……。

 揺れる。今度は全身? ……いや、違う。

 視界全体だ。

 何だ……揺れ……構えろ! 狙え早く!

 焦点が合わない。ぼやけた熊を、鏃を、必死に見る。 

 鏃を必死に見て、その側の指を見た。

 指に赤い、線?

 赤い……血だ。

 木の実の汁とかの汚れじゃない。手はさっきちゃんと洗った。

 血……血だよな。これ血だな。

 まあ……俺のだよな。俺の血だ。怪我したんだ。

 怪我か……いや、怪我って! メシの時でもないし、さっきまでなかったぞ。 

 いつしたの?

 うわやっべ……思っちゃったよ。

 今でしょ……って。

 ああ、なんか麻酔っぽい感じだな……これ。

 痺れっつーか……感覚飛んでくよ。

 毒かあ……。

 あれだね、さっき弓引き過ぎて、鏃で指切ったんだね。そういやそんな気もする。

 きてるなー……これ、効くなー。結構ちゃんと効くんだなー。

 擦っただけでこれかー……。えっ、待ってじゃあ熊どうなってんだよ……バカか。

 うわ、もう、目の前か。気配も近い。

 わあ……。なんだ、こんなデカイんじゃん……。

 いや、あれ? 俺が座ってるからか。嘘だろ、いつ座ったんだよ……。

 あ、だめだ。しかも立てない。

 脚! うーわ、なんだよ棒かこの脚。ちゃんと動いたか今? ちょっ腕も!

 あ……腹まで力入ら……うわ倒れ……! ああくそ!

「うぅ……あぁあっ!」

 くそ! くそ! 寝てて勝てるかくそ! 寝技あんまり習ってないんだよちくしょう!

 だめだ近い近い近い近い! 鉈どこだ、手ぇどこ!

 なんだよ意識だけあってもくそ! 全然意味ねえよ身体動け動けくそ死ぬぞバカ! 身体死んでどうすんだよ! 困るだろお互い! 死ぬなよ! 死なすな俺を!

 動け動け動け動けって! でないともう――

 

 死ぬ。


 何かが弾けて消えていって、もう戻らない。

 ……泣いているのだろうか。視界が酷くボケて揺らいでいる。

 そこに――

『……しもし、あのー』

 不意に声。近い。

 天使かもしれない。

『あの、失礼ですが、貴方だいじょぶ……?』

 なんだ、この時間は。妙に緩慢だ。

 そっか……死ぬ直前ってこんななんだ、本当に。

 空が見たくなった。明るい、空の光を目に入れたい。

 凍えそうな、灼けつくような衝動。

「じゃま……ら」

 黒いのが覆いかぶさっている。明るい空が、そいつを縁取って、狭い。

『え? なんですか?』

 近い近い。余計空が消えたぞ。

 あれ、でも、なんだ……?

 温かい。

 ……やべえ、マジか。まいったな。いよいよ感が……。

 まあ……でも……あれだな、熊に喰われる前に昇天できた方がいいよな。どっちかっていうまでもなく、断然。

『おーい。しょうねーん、だいじょぶー?』

 なんだようるせえな天使。大丈夫だったらあんたのお世話になんねえって……。

 あぁあ……もう、いいや。

 ……ってだめだ全然悔しいな。これ、未練残って化けて出ちゃうかもな……。もう、なんだよ……熊を呪って死んでくとかあり得るか……? であと毒も呪ってくのか。

 なんだ俺。なんだこんな死に様。

 ああくっそ……なんだよ笑えねえよこれなんだよもう……。

 うわ……なんかオーラだけいよいよクッキリ見えたんだけど今……。こわっ。白っ。

 これたぶんもう俺霊界に入りかけてるよ見えたもんすごい……。

 もうあれだよ……こいつも、天使じゃなくて黒いし……アレかもな。

 何だっけ……ええと…………。

 ……うわード忘れヒドい。……熊、じゃなくて……いや熊居るけど、あれ、じゃあ熊? いや、じゃない悪魔だ。悪魔悪魔……そう…………悪魔ね…………。

 いや……悪魔って……。いやいや……もう………………。

 ……このタイミングで……ってさあ…………。

 ………………。

 …………なんか……。

 縁起悪ぅ……――――。



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