御苑生旭かく語りき(上)
「え?」
とようやく、一音だけ口をついて出た。
「ん? ほか、なにか竜くん聞きたいことある?」
「いやあの……今、記憶がないって……ロッコが」
「あぁそのことで色々あるんだった。ちょっと長くなるけどいいかな? 興味ある?」
「あ……はい」
そう聞かれるとノーとは返せない。しかし乗り気でもないのでハトみたいな頷きになった。
長くなるのは嫌だな……。いいよもう、ロッコはロッコだってことで……。
あでも、どこでどう作ったかだけは、ちょっと興味あるかも。
「私ら二人は四日前に初めてロッコと会ったのね、あのログハウス行って。でも最初は行く予定はなかったんだ。そもそもそんなものが建ってたなんてことも知らなかったし。あの道あるでしょ、こことログハウス繋いでる。来る時に見たと思うけど、ここからだとさ、そこを右かな、ずーっとまず行くじゃん、んで途中、森の中入ってく感じでしょ。ま来る時は逆に森から出てくるー、みたいなだけど。でしばらく獣道みたいなの進んで、したらようやくっていうかいきなし舗装路でしょ。だからこっちからするとさ、完全に謎だったんだよね。まぁ今はもう行き来するようになったから道路に土とか付いて、バレやすくはなってきたけどさ、にゃまぁまだあえて行くような人もいないか。ね、怖いし」
うむ……順調に聞き流している。
「やぁ、怖いかなぁ? のどかで良い道だと思うよ。走りやすいし」
と周が言うと、アサヒは複雑な笑みを一瞬見せた。親友の手料理が不味かった時のような顔だった。それを見て、アサヒさんに対する共感指数が急上昇したような気がした。
「ん……まぁ、それで何で私ら二人がログハウス行くことになったかって言うと、長女の灯さんからそう言われたからなのだよ」
「灯ねぇさんっていうのは、さらにすごい研究者なんです」
「へぇ……」
「灯ーヌはねぇ、ざっと言うと、かなりボーダーレスでフリーダムに超色々やってる人だよ。基本謎まみれだけど。あのさ、できる人ってさ、よく思うのは、音速を突破する手前の壁みたいなのあるじゃん? 空気が圧縮されてできる壁みたいな抵抗。中途半端に優秀な人はその抵抗とモロにぶつかって苦労したり潰れたりするんだけど、灯ーヌはそういう世間というか大気的な抵抗から突き抜けた人って感じかな」
「あぁ――ふふふ、そだね」
周が遠くを見ながら息をもらす。その説明で納得したようだ。
アカリ……どんな人だ? そしてその人、関係あるの?
「にゃ突き抜けたって感じよりも、最初から超音速域で優雅に暮らしてるような人っていう方が確かかな。ずっと超音速で大気をぶっちぎってるんだけど、本人はひらひらチョウチョみたいに普通にしてんの。だから、ちっちゃい頃なんか見てて楽しそうで、つい私なんかも近づいていくんだけど、実際近くに行こうとすると、あれ、これ近づけなくね? 衝撃波とかマッハコーンすごいんですけどーみたいな。で、なんだ世界違くね? って気づいた頃にはもうだいぶ似た道に来ちゃってて、まぁ私の話になっちゃうとあれだから端折って、で今に至るーみたいな感じなんだけども――」
アサヒは、そこで無意識のような動作でラテを一口。
「――あぁ、おいし……ロッコ愛してる」
強烈なことを吐息混じりに言った。
これまで聞いた内容、一気に頭から消し飛ぶわ……。もともと入って来てないけど。
「ふふ――大げさだなぁ、でも良かったねロッコ」
『ええ。愛されて良かったです』
軽いな、なんか。TVCMで、愛されて◯◯周年、とか言うのと似た感じの低い圧だ。
「で、灯今も行方不明なんだけど、書き置きがあったのよここの古いPCに」
「……え? 行方不明?」
穏やかじゃないワードの出現に、ついつい聞いてしまった。長引きそう……。
「あ、ボクも知らなかった。またなんだ。じゃまだ連絡とれないの?」
また、って……。ほんとにフリーダムに生きてる人なのか……。
と、すこし空気が変わった。
アサヒは視線をロッコの膝のあたりにぼんやり向け、二秒ほど固まってから話しだした。
「時系列通り行こう。まず六子。六子の製造には、灯が関わっているみたいなんだけど、その製造時期が大体三年近く前。つっても外側しか調べてないから、内部はもっと古いかも知れないんだけど、それでもたぶん、そう差はないであろうと思われ。で見ての通り、超ハイテク最先端っていうか、だいぶ現代の普通のレベル越えてるでしょ?」
ちょっと嬉しそうに聞かれた。
『もう、旭ったら……』
「あ、はい、まあそうですね……」
「そう、実際越えてんの。こういうのはあんまり表に出ちゃいけないんだ本来は。巨大資本とか国家にくっついて守られて地下でこっそり研究して、その成果がほんのひと摘みだけ世間に発表されんのが普通でね。だからま、とにかく表向きの最先端ってのと隠されてる本当の人類の最先端ってめっちゃ差があるんだよ。それこそUFOくらい造ってる勢い。で、六子は露骨にそれじゃん? やばいよね? 超エキサイトでしょ、きゃっほうって感じ。でこれまた一瞬ちょっと私らの話に逸れるんだけど、灯と私はそういう人類ガチ最先端のとこにずっと興味があったのね、あ、ちなみにだいぶ前から灯はそういう真の最先端技術の産物をオーバーヅって呼んでて――それはオーバーテクノロジーとオーパーツを合わせた造語らしくて、意味っていうのはそのまんまなんだけど、現代技術を超越した出来たてほやほやオーパーツって感じ。今もう灯界隈ではだいぶ普及してるらしいよ……絶対ウソ。っははは――とこれは余談でした。で、まぁ私は、灯と違ってだいぶ遠くから見てる観客くらいの立ち位置なんだけど――んにゃパブリックビューイングくらい? スポーツバーかな? まそんな程度なんだけども、灯ーヌともなるとね……ウケるウケる」
怪しい笑みで斜めになった口元へ上品にラテを運ぶアサヒ。マッド才媛ティストな感じだ。
「ふぅ――楽勝でレギュラー選手的なとこまで行くわけよ。行ったの。で、三年前――」
真っ直ぐに射抜く視線。そこに感情はなく、真空のように引き込まれそうな瞳だった。
「――初めて人工知能が自我を有したと呼べるレベルまで行って、いわゆる目覚めたとか、生まれたって後から言われるくらいの、そういうものが出来た。灯も関わってるとこでね。これはもちろん地下の話で、いま表での人工知能なんて比べたら初代ファミコンくらいだからね。ちょっと方式とかベクトル自体いろいろ違うんだけど。――んで、この人工知能は、世界規模の開発競争のテーマだった。もしこれが相手勢力に先を越されたてたら――まぁ急進派っていう話だったから、んーそだなぁ、今頃は世界統一政府でも出来て人類全頭管理みたいな方へ向けて色々準備が進んでるーとかだろうね。でも先に完成させたのは、こちら側だった。その当時は灯もさすがに喜んでたね。単に完成したってことだけを……ははは世界とか関係ないもんなーあの子」
「あーそういやその頃、ほんと珍しく濃いめのパーティしたよね。それでだったんだ」
周が幸せそうな顔で懐かしげに言う。ここにも世界の事がどうでもよさそうな人が……。
「にゃ説明したでしょ当時! 周聞いてなかった?」
「んー聞いたかなあ、なんか酔った二人がほんと楽しそうで、色々言ってた気はするけど」
「うわー、まそっか当時一〇歳だもんな周は……あん時は弾けてたからなー空気中にアルコール漂って周も長居したから酔ってたかもね。でもなんだ主旨わかってなかったのか……」
すこし切なそうなアサヒはラテを一口した後、口紅を塗った時のように唇を動かした。
「でも灯は二時間で帰ったんだよそのパーティも。なにしろ人工知能が“生きてる”時だったからね、でもとにかく休めって言われたから灯は渋々ホテルに送られて、でいきなり宴会場貸し切って私ら呼んだって流れだったの。あれたぶん無茶したな、予約なしの当日だもん……ははは、でまあ灯は領収書切って所在不明の謎の現場へ戻って行きー、私が見たのはそこまで。で人工知能は全部で七日間生きて、死んだ」




