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蒸気機関少女  作者: コスミ
三章 ところでなんなんだ君は
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是非に及ばず


「ふあ?」

 アサヒは半笑いで固まる。

「あ、そうそう旭ねぇにお土産だよ、ロッコのラテ」

「えやったぁ、ラテ? どこ?」

『ここにあります』

 胸にそっと手を当てるロッコ。

 ――ラテは、この心の中に……。

 という意味ではない。そういう精神的なことではなく、恐ろしいことに、言葉そのまま、物質的にそこに実存しているのだ――たぶん。

「え、マジすごい! ちょっと引く」

「やちょっと、なんで? 引かないでよ……」

 二人とも和やかに笑っている。よくわからんけど仲良いですね。あとロッコざまあ。

『おいテメ竜なに見てんだよ。この流れわかるだろ――』

 とすぐさま獰猛な声で凄まれる。

『――旭にラテ渡すから、ちょっと顔伏せてろ』

「え? ああ、そっか……」

 ドアの内側に頬を寄せるようにして、斜め下に顔を背ける。すると、

「なに今――、竜くん何か六子に言われた?」

「……? え、え……?」

 困惑。しかし顔を上げることもできず、壊れかけのロボットみたいな状態に陥った。

 ――いや、ていうか、なんだその質問。

「言われましたけど……え? なんですかそれ?」

 すこし早口がうつった。早口の本家アサヒは、しかしじれったくもそこで「うおおー」とか「へええー」みたいなリアクションをしばらく続けて、ようやく、

「六子やっぱ声に指向性つけれんのね。すごいなあ……どんなスピーカーだろ」

 しんみりと独りごちて、結局こちらには返事をくれないようだった。

 けど、そう――指向性?  

 ……まさか、ロッコこいつ……俺にしか聞こえないように喋ったりできるってのか!?

 ガチャ――と、恐怖を呼び覚ます開放音。

「フゥ! かっけーぇ、さながらガルウイング」

「や、トランクって言う方が近くない?」

「いいじゃん。でもまこの使い方はモロそだね。違うか? ドリンクホルダーか? ってゆかラップぐーるぐるー出前みたい。取るね」

『あ、いえ六子が外しますので……』

「あっあ、ごめん、セクハラ未遂しちゃった?」

「セクハラって、ふふ――旭ねぇもう、ここ何日も散々ロッコの中調べたんでしょ……」

「ちょっとなに、それも含めるの? 待ってよセクハラ常習犯みたいになるじゃん。そんなもん調査だっつうの、学術調査! あのあれ、医者が患者の裸見ても賢者モードキープ的な」

 うぅ、姦しい……。

 そしてたぶんロッコ俺をちょいちょい見てたな……頬に遠赤外線を感じた。セクハラ、という語句が聞こえる度に。

「えぇ? 学術調査ってそんな……単に興味でしょ?」

「まぁほぼそれね、それなかったら人類終わってるし。てゆか実際調査つってもさ、こんな六子みたいなすごいオーバーヅ急に目の前にしたら、あんま言うとアレだけどそりゃあテンション的にゃセクシャルな勢いが無きにしも非ずみたいな感じだったし――」

『はい、どうぞ』

「わおわお、ありがとーやったーぁ」

 姦しいなアサヒさん……。一人で何人分かは喋ってるぞ絶対。しかも今なんか不穏な発言もあったよな……。

「旭ねぇコーヒー好きだもんね」

「うん、今まで完全ブラック派だったけど六子に染められたわ。あれでも――これ私だけ? お二人の分は? 輸送キャパの限界?」

「いいのいいの。ボクらはここ来る前、さっき向こうでいただいた」

「あそなの、じゃ遠慮なくー――うわぁ、見てさすがに抽象画だぜ泡」

 飲めよ早く……。ていうか俺まだこの体勢?

『どうぞ、冷めないうちに』

 お、ロッコ珍しくいいこと言った。

 だがお前はまず何より今すぐ胸閉じろよ。この開けっ放しが……! 首痛めるわ!

「え、これでも向こうで作って持って来たんでしょ? ロッコの保温性能そんなわかんないけどさ、さすがにちょびっとは冷めてるんじゃない?」

 そこはかとなく通販番組の香り……。

『いえ、高温が好きな旭のために、今温め直しました』

「あ言ってたね、どれ――わぁっ、ほんとだ……! これカップ熱々じゃーん、取手の段階であったかいなーとは思ってたけど、ほんと熱々!」

 ――おい、飲めって。そして閉めろ。

 という言葉を喉で押しとどめ、やんわりオブラート十二単じゅうにひとえくらいに包んでから言おうとした、その時――

 急にアサヒが何事かと思うほど声を落とし、

「……さては六子よ……このラテ、尻に敷いておったな?」

 全力で言った。

 天下を獲りにいくような気合いだった。

 ――さ、寒い……。

 冬、信長公が履物の温もりに疑念を抱いた――その時の気候が再現されたかのように……。

 ……激しく時空が歪む。そんな中――ロッコは、

『いえ、懐で温め直しておきました』

 さらりとノッた。

 …………時空の下克上でござる。

「おお……やるではないか。褒めてつかわすぞよ」

『いいから飲んでください』

「はーい、ってでも待って今日暖かいし猫舌の日だわ。――ちょい置いとこ」

 置いとくんかい!

「ふふふふはは――あぁ、おかしい……練習のと、ちょっと違うのもできるんだね」

「いやーほんとね。応用決まった決まった。六子完璧ナーイスアドリブ」

『……よくわかりませんけど、二人に喜んでいただけたなら良いことです』

「良いこと良いこと。ちょっと感動したもん」

 和やかな談笑――戦国の世の後の天下泰平を謳歌している。

 ……さて、もう、俺、帰っていいですか。


 ――目を閉じたまま、深呼吸……。少々のハブられ感は、これで誤摩化せる――というような効果はなく、ただの切ないため息だった。



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