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蒸気機関少女  作者: コスミ
二章 君に出会いたくなかった
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ふてくされ感全開


 携帯を腰ポケットにしまう。

 と――

 いきなり、見知らぬ少年が入室してきた。

「こんなんでいいよね」

 とロッコへ近寄り声をかける。

 むしろこちらが場違いなのかと疑ってしまうほど、ぬるっと自然な立ち振る舞いだ。

『はい』

 ロッコは平然と対応している。

「あれ……えっと――」

 たまらず腰を浮かせて、中途半端な姿勢のままたずねる。

「――どちらさん……?」

 ってここの住人……たぶん周の弟か親戚か……だよな。

「え?」

 目をまるくしてこちらを向いた。

 ああ、やっぱり周に似ている。

 黒く短い、女子スポーツ選手みたいな髪型に、すっきりした顔立ちが似合っている。周よりさらに色白で、クールで理知的な印象。偏差値もIQも異性同性その他からの好感度も高そうだ。これがロイヤルな人間の超越性か……。

 いや、周もロイヤル感は相当だったんだけど、ちょっと服装がな……。思えば周もウィッグだしコスプレじゃん。フルメタルの影に埋もれて普通っぽく錯覚してた。

 けど、この子はまともな服装だ。白い薄手のダウンベストの下に、細い赤の格子柄のゆるい長袖Tシャツ。ジーパンは、腰のあたりの色落ち(通称ヒゲ)がシャープで格好いい。

『竜……記憶イカレましたか?』

「あ、僕、周ですよ」

「えっ……」

 ――え、え? 待って、周って、え?

 ウソだろ……おい。ちょっと、え、えー……?

「あ……僕、いつもはこういう格好で、さっきの――は、あまり人前では……その……」

 なんか困りだした。

 やめてくれ、いま俺が困るターンだろ……。

「なので、えっと……さっきみたいな格好してたことは、内緒にしといていただけますか?」

 はあ、内緒ですか……。

「……わかった。そうする」

「ありがとうございます……。ロッコも、お願いね」

『はい、わかりました』

「え、あの、さ……」

「はい」

 けろっと落ち着いてる周。切り替え早いな。

 そういやこの格好に着替えてから、発声の感じも変わってるな……全体的に歯切れがいい。

「――えっとー、じゃあさっきの格好は……あれ? その、なに……趣味っていうの……?」

 対してこちらは、しどろもどろの極致だ。立場的には普通逆じゃないのか? できたらテンションを交換してくれ。

「あ、はい……そうなんです。僕、ああいうのが、その……可愛い女の子とか好きで……」

 と、ちょっと照れだした。かわいい……けど、すごいことカミングアウトしてる。頭おかしくなりそうだ……。

「へ、へえ……そうなんだ……」

 そういや自分のこと、ずっと僕って言ってるしな……そっかぁ、なるほどねえ……。

 あれか……男のってやつか。いや、あれ? 違うかな……。合ってるか?

 とにかく周は……あぁ、二種類の格好が頭の中に並んじゃってすごい困る。並ぶなキケン。

 そう、女装――女装だったのか……。

 まぁバリバリウィッグだったしな……。にしても、そこ以外はぜんっぜん違和感無かったのが逆に怖い……。そういう素質ありすぎだろ……。

 確かに、実際、そういう趣味に走るにはかなり適した造型の持ち主だ。

 ――しかし、――それでも、

 男……か。

 でも、見た目と一緒で、中身の精神も中性的なのかもしれない……って今さっき可愛い女の子好きとか言っちゃってたよな……じゃメンタルはガチ男? あれ……?

 ――もう、わからない……世の中わからない。

『六子は周自体も可愛いと思いますよ』

「え、そう……? なんかロッコに言われると、科学的な裏付けがとれたみたいで嬉しいな」

 ていうか……こいつら、揃ってほんと、なんなんだろう……もう、バカすごいわ。

 なんだこれ――なんだこのコスプレだらけのログハウスは……。

 あぁ、もぉお……こんなクレイジーログハウスだとは思わなかった……。もしそうだと知ってたら、絶対近寄らなかったよ……秋のオオスズメバチの巣くらい近寄らないよ……。

 怖いなー……怖いなー、このやかた怖いなー……。

「……あ、旭から返事きてる」

 周は携帯に目を落としていた。言って、すぐ短く操作してダウンのポケットにしまう。これぞ現代っ子の早業。

「もうすこししたら来てもいいって」

『もうすこし?』

「あと三〇分したら都合いいみたい。だから移動時間を考えて、二〇分後くらいにここを出ればちょうどいいかな」

「じゃ、歩いて一〇分くらいの距離なのか」

「いえ、クルマで行きますよ」

「え、クルマ? あれ、じゃあ向こうから迎えに来るの?」

 いや、それかもしかしたらロッコが運転するのかもしれない。想像するだにワンダーな光景だな……。でも、こいつ年齢的に免許とれるのか微妙なところな気もする。

 背はそれなりだけど、アーマーの中身はかなり華奢だろうしな……。

 一八いってるのかな……? いや、やっぱもっと若い気がする……。

「僕が運転できますので」

 と、発言した周に視線を戻す。

 周は真顔だった。

「え、マジ……?」

「はい」

「運転って、クルマの運転、できんの?」

「はい。走れるのは、もちろん私道だけですけど」

「なんで?」

「去年くらいから、けっこう練習したんですよ」

「いや、そこじゃなく……市道って……あ、私道って、あれか! 自分の敷地内ってこと?」

「あ、はい、そうですね。普通の一般道は法律的に走れないです。残念だけどまだ……」

「うわ、マジか……すげえ……」

 練習できる環境があるってのもすごいけど、そのうえこの山中の建物二軒と、その間を繋いでる道も、全部土地ごと所有してるってことだもんな……うへぇ……。

 本気のお金持ちじゃんか……。

「でもさ、ほんと大丈夫なの……その、道とか危なくない?」

 そう、こっちは死にかけたばっかりなんだ。こんな短いスパンで、また死にそうな思いなんかしたくない。

「大丈夫ですよ。大丈夫じゃなかったら、ここでこうしてませんから――」

 周はちょっと笑って、両腕を軽く広げて見せた。

「結構道うねってますけど、他のクルマは来ないからマイペースで行けますし、簡単ですよ」

 なんか、上機嫌っぽい……運転好きなのか。

「あ、じゃあ、もしかしてここに来るときも自分で運転したの?」

「はい。昨日なんか、面白くてつい意味なく往復してきちゃいました……んふふ」

 かわいく笑う。――それさっきの格好の時にやって欲しかった……って、あれ? それは、ちょっと、何かがダメだろ俺よ。

「へえ、そう……往復」

 でもまあ、それだけ実際に走ってるなら技術的には大丈夫っぽいかな……。

 法的にもほんとに大丈夫かは、ちょっとわからんけど。

「あ、でも竜さん、無理しないでくださいね。お布団ありますし、もしまだ体調があまり良くないようでしたら……」

『だいじょぶですよ』

「お前は俺の体調か」

 間。

『お前……だと?』

 うわ、怖い! つっこむ勢いでつい……ひぃい……。

「っすみませんロッコさん、訂正します、ロッコさんでした」

『チッ――気をつけて』

 う、くそ……腹立つ。必死な速度で謝ってしまった。

「竜さん、それじゃあ二〇分後に出発で……大丈夫ですか」

「……うん、まあ平気。体調はもうだいぶいいし、おかげさまで」

「あぁ、良かったです。安心しました。ええっと――」

 周は指を開いて両手を合わせ、上体を傾けて時計を覗いた。

「――じゃあ、ちょっと時間待つ間、コーヒーいれてくれる? ロッコ」

『はい。朝と同じものでよいですか?』

 ロッコは返事しながら、もうキッチンへ向かって歩き出している。

「いや、僕はもういいから、竜さんにいれてあげて」

『ぅええええー!?』

 ビクッと振り返って叫ぶロッコ。どんなに大声でも相変わらず全く口が動かない不気味さ。

 てか死ぬほど嫌そうだなオイ……。

「ちょっと……失礼でしょロッコ。お客様なんだから、頼むよ」

『んむー……はぁい』

「竜さん、コーヒーいかがですか?」

 君も毎度だけど聞くタイミング独特だな。普通それ最初に聞くでしょ……。

 にしても、この流れ、どっちが正解だ……?

 ロッコを見ると、ふてくされ感全開で、ぐでんと顎を上げている。

 うわ、目ぇ合わせてきた……。アングル怖っ。

 で……その感じは、どっちだ。もらう方がいいのか、それとも断った方がいいのか……。

 周を見ると、かなり期待しているらしく、瞳だけに留まらず全身ごとキラキラエフェクトが取り巻いているかのよう。……それもさっきの格好の時――いやダメだ、何かがダメだって。 

 うう……しかしこの周の期待は裏切りにくいし……そして俺としては正直どっちでもいいんだけど、これからしばらく間を保たせるためには、やっぱり……!

「……いただきます」

「良かった! ロッコのラテすっごく美味しいんですよ」

 と嬉々として言う周の前を通り過ぎるロッコが、その瞬間、ちらとこちらに顔を向け、

『覚えてろよ――』

 腹の底に響く小声は、どうやら俺にだけ聞こえた。

「それじゃロッコ、お願いね」

『はーい』

 明るく応じて、キッチンへと入っていくロッコ。

 ……命の危機すら感じながら、そのフルメタルな背中からずっと目が離せないでいた。



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