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「ゆっくり見ていってね」


 柔和な笑みを浮かべた店主と思われる初老の男性。会釈して、気になったものを一つ手にとって見た。

 レトロな懐中時計。時を示す数字はローマ数字。盤面には幾何学的な模様が描かれている。


「凝ってるねえ……」 

「気に入ったよ。君は?」


 今日は少し多めに持ってきているし、この程度の出費なら問題はない。


「え、いや、わ、私はいいよっ」

「変な所で遠慮するね……。いいよ、別に。一応収入もあるんだし」

「そ、そう? じゃあ……」


 迷いながら手にとったのは、盤面が琥珀色の、女性向けなのか細身なベルトの腕時計。ひっくり返して裏蓋を見る。大抵そこに値札が張っているからだ。


「……」


 この店の相場では、下から数えた方が早い。

 やはり少しだけ見えを張りたいと思ってしまうのは、僕が男だからかもしれない。けど彼女が気に入ったのであれば、と納得をして店主に尋ねる。


「二つ合わせていくらですか?」


 店主は笑を崩さず、ゆっくり指を二本立てた。そんなものだろう。想定内の出費だ。

 僕は財布から一番大きい単位である金貨を二つ出し、店主に手渡そうとしたが、


「いやいや、銀貨だよ」

「え、でも……」


 もう一度値段を確認してみる。しかしそれでは一つ分すら足りない。


「君の男気に免じて、おまけさせてもらうよ」


 こうも言われては、僕も断る理由はない。ただ流石に銀貨二枚は気が引けたので金貨一枚で勘弁してもらった。


「まいどあり。またきてね」



 太っ腹な店主に二人で手を振り、時計屋を後にした。


「ふふっ、ありがとね」


 先程買った時計を早速腕にはめ、こちらに見せながらに言った。

 彼女が上機嫌なのは一番の収穫だ。

 どういたしまして、と言いながら僕も懐中時計の紐をベルトに括りつけ、ちらりと時間を確認する。もうすぐでお昼時。昼食には丁度いい時間だ。


「そろそろ君のお腹が減る頃だね。探してみようか」


 時計をポケットにしまいながら、彼女の手を取る。


「…………まだ大丈夫だよ。私そんな食いしん坊じゃないもん」


 流石に少しからかい過ぎたせいか、少しいじけてしまった。

 でも、それもいつもの事。僕は彼女の手を引きながら、目的のものを探す。

 人ごみを掻き分けながらも後ろにいる彼女の顔色を確認。うん、間違いなくお腹が空いている。けど仮にも女の子にその事を言うのは少し失敗だったな、なんて思いつつも彼女の好物である『りんご飴』を探す。


「あ、あった」


 ぴくっ、と繋いだ手が震えた。それでもまだ意地はろうとはしないあたり、彼女もなかなか頑固だ。

 つやのある真っ赤な光沢の真ん丸な飴に、棒が突き刺さっているシンプルなりんご飴。値段の割には巨大な、粋な店主の気遣いが嬉しい一品である。


「おうらっしゃい! 今日もいつものかい?」


 いつもの何も、りんご飴しか置いてないだろう、なんて突っ込みは無粋だ。すっかり常連になった僕達は顔なじみになっているという証でもある。


「ええ、お願いします」

「はいよ!……って、なんだ、そっちの嬢ちゃん今日は元気ねえじゃねえか」

「ええ、ちょっと……」

「まあこれでも食って元気出しな! 今日はサービスだ」

「いや、悪いですよ」

「構いやしねえよ。そんかわり、嬢ちゃんをしっかり慰めてやんな」


 そもそもの原因は僕なのだろうけど、これを食べれば元気になるだろうと思って店主の好意に甘える事にした。さっきに続いて、我ながら流されやすいなあ、なんて思いながら彼女の方を見てみる。


「ほら、食べる? 食べないなら僕貰うけど」

「………………食べる」


 僕の手からひったくるように飴を取ってぺろぺろと舐める彼女を見て、やっぱりいつもの彼女だな、と思った。


「別に良いんだよ、意地を張らなくても。君のそういうところを気に入ってるんだから」

「う……ありがと……」


 そう言って彼女の頭をぽんぽんと叩く。彼女は子供扱いされるのが嫌らしくて、少しだけ眉をひそめたけど流石に今回ばかりは大人しくしていた。

 素直な割に遠慮する。遠慮する割には頑固。そんな子供っぽい所も、彼女の美徳だろう。

 そんなやり取りをしている間、手の甲に水滴が落ちて来るの感じた。


「あれ?」


 上空を見上げてみると、雨雲が僅かに現れている。が、太陽の光を遮る程ではない。


「天気雨だね」


 グレースが呟く。少しだけ嬉しそうなのはなんでだろう。


「嬉しそうだね?」

「だって不思議じゃない? 晴れてるのに雨が降るなんて。それに、天気雨の後は虹ができやすいの。そう思うと、この雨も悪くないな、って」


 本当に彼女の感受性の良さには脱帽だ。たったこれだけの――いや、そもそもこんな事を考える事自体が彼女にはあり得ないのだろう。

 彼女の蒼い眼は、目に見えるもの全てが綺麗に、優しく映す。

 僕はそれが少しだけ羨ましかった。“ここ”にいる以上、僕も彼女も見ているものは同じ筈なのに。


「きっと誰かが望んだんだよ。天気雨と虹が好きな誰かが」


 そうだ。“ここ”はそういう場所なのだ。

 何もかもが硝子のように透明で、決して本物にはなれない。だからこそ綺麗で在り続けられる。


「……行こう。風邪をひく」


 “ここ”でそんな事が起きるのかはわからないけど、僕がこれ以上彼女を見ていられそうになかった。それ程までに彼女の存在は僕にとって眩しすぎる。

 多量の薬は毒にしかならない。

 勝手な考えだと自分で思う。結局の所、悪いのは全て僕なのに。

 そんな思いを振り払うように、僕は雨宿りできそうな場所は探すために踵を返したが――


「グレース?」


 振り返ると、彼女は変わらず空を眺めていた。振り続ける雨を拭おうともせずに、ただ雲と雲の隙間から除く太陽を見据えている。


「もう少しだけ、見ていても良いかな」

「……ああ、構わないよ」


 頷いたのは、僕が彼女に見とれていたからかもしれない。空を見上げながら、ただ立ち尽くしていた彼女の事を。

 けど止んだ後の虹を待っているのかと思ったがそうではないらしい。彼女は間違いなく、この天気そのものに思いを馳せていた。

 なぜなら、あの眼は何かを待ちわびているような眼ではなかったから。


「……」


 だけど今の僕に、彼女の思いを推し量る事はできなかった。




 それから暫くして、雨は止んだ。いつも通りの晴天に戻ると雨宿りをしていた人達も太陽を見上げながら定位置に戻り、活気を取り戻していく。

 結局、彼女が何を想っていたのかはわからなかった。



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