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僕達は大人になんか、なりたくなかった。
でも、子供のままに見られるのも嫌だった。
大人っぽい子供でいたかったんだ。
序章
島で一番高い場所にある時計台。そこに設置されている鐘が正午を告げる音を町中に送った。風と共に音を伝え、至る所で人々が笑う。レンガ造りの家々。果てしない水平線。透き通るような青空。
その一つ一つが、世界を形作る。
遠くで子供たちの嬌声が響いた。午前中の楽しいひととき。僕はそれを遠くで感じながら目的地に向かって歩く。喧騒の中でも聞こえる波音が足音を修飾した。
ここに来てから何週間が経ったのだろうか。もしかしたら何ヶ月かもしれない。
起こった出来事は鮮明に覚えているのに時間の感覚がひどく曖昧になる。楽しい時間は過ぎ去るのが早いなんて言うけれど、時間の流れが“あの時”とは違うようだった。
ふと、彼女が言った事を思い出した。
――自分が今いる場所がどこで、自分がなんでここにいるのかを気にする必要なんてないよ。ここにはそういう"意味"なんてないんだから。
眼の前に在るのはそういうモノなのだと。
だから何の意味がなくても、それは在る。
ここはそういう場所。
――君にとって、私が幻想だったとしても、それに何の意味があるんだ?
虚構では満足できないか? だとすれば何が真実で、何が嘘なんだろう。
彼は言っていた。嘘かどうかなんて、本物がなければ意味はないのだと。
意味がない事に意味があるのだと。
島の中心部である礼拝堂。ステンドグラスを通して照らされた光は各々の色に輝き、この場所を照らす。
造形は古風だが、それを感じさせない神聖さがある。
中には疎らに人がいた。老若男女様々だが、おそらく信者という訳ではないだろう。
おそらくは、ここの雰囲気に惹かれたに違いない。
何度来ても飽きない場所。中心部からもそう遠くはないし、待ち合わせ場所として利用する人も多い筈。
それは僕も同じ。その礼拝堂の一角に、僕を待っていた少女――グレースが立っていた。空色の髪は、後頭部で一纏めにされている。時折それをゆらゆらと振りながら彼女は僕を待っていた。時折背伸びしながら周りを見渡す様子は何とも微笑ましい。
そんな彼女をもう少しみていたい気持ちに駆られたが、これ以上待たせるのは流石に忍びない。
彼女の方へ歩み寄ると、サファイアのような玲瓏な瞳が大きく見開き、僕を捉えた。
「あ、きたっ」
僕が目に入った途端、彼女は足早に歩んでくる。
嬉々を抑えられない様子が見て取れるのが彼女らしい。
「待たせたね。ゴースの手伝いが少しだけ長引いちゃって。埋め合わせはちゃんとするよ」
「ふふっ。それは期待しちゃうね。今回は何をしてくれるのかな?」
「あまり期待はしないでよ。……じゃあ、行こうか」
「うんっ」
〆
目的地は、特にない。ただ何となく、気が向いたままに足を進める。時折彼女の方をちらりと見ると、鼻歌を口ずさみながらスキップするような足取りで僕の隣をついてくる。上機嫌なように見えるが、彼女がそうでない所を見たところがない。以前、何かいいことがあったのかと尋ねた時、彼女は何もないと言った。だから多分、これは本当に彼女の素の姿なのだろう。
「そう言えば、今日はライアの方でお祭りがあるみたいだね。行ってみるかい?」
「そうなの? いくいくっ!」
「君はよく食べるからね。僕も財布の財布の中身には気を付けないと」
「そんなに食べてないよ! アイが小食なんだよ!」
恥ずかしさを紛らわすように、彼女は起こったふりをする。そんな彼女を横目に
さっき鐘が鳴ったから丁度昼時だな、なんて考える。先程、正午の鐘が鳴ってからそう時間は経っていないのでまだまだ時間はある。
「夕方には戻らなきゃいけないけど、君は大丈夫?」
「私は何時でも君に合わせるよ」
これもいつもの事だった。ありがたいけど、少し申し訳ない。
ライアに近づく程、人は多くなっていく。
ちなみに、ライアというのはこの島での中心部であり、度々こういった催しが行われていて、常時でも露店が出ていて賑やかな場所だ。
食べ物の他にも、硝子細工の小物が置いてある露店や海でとれた珍しい魚なども置いてある事もあって、退屈しない。
「相変わらず人がいっぱいだねー」
「迷わないように手でも繋ぐかい?」
「子供じゃないんだからっ!………………でも、手は繋ぐ」
えっ、と言う前に彼女が手を握ってきた。
「珍しい事もあるもんだね」
言ってみるものだな、なんて思う。感情表現が豊かな割に、彼女はこういう場面では非情に消極的だった。何か心変わりでもあったのだろうか。
「ん?」
目に止まったのは時計屋の露店。
腕時計から掛け時計、懐中時計まで様々なデザインのものが並んでいた。値段はピンからキリまであるけど、リーズナブルなものもある。
そう言えば時計は持ってなかったな、と思う。今後のためにも持っておいた方が良いだろう。
少しだけ寄ってみようと思い彼女の手を引いた。
「わあ~、いっぱいあるねー」
彼女も瞳を輝かせて興味津々に時計を見ている。中には女性向けなのか、落ち着いた意匠も取り揃えられていた。