隙間風
掲載日:2026/05/20
祖母は、ひ孫だけはよく覚えていた。
「おばあちゃん、ママのこと覚えてないの?」
後部座席に座る娘が、祖母に貰った煎餅を舐めている。
「そうだね。」
私は赤信号でブレーキを踏んだ。
助手席の母は、何も言わなかった。
窓の外を、見ていた。
「中にいるよ。」
祖母の家は、もう空っぽだ。
母の声に頷く。
鼻がつんとした。
「ママ、雪がある!」
娘は雪を踏んだ。
「汚いよ。」
それは、くすんでいる。
「お花はー?」
娘は祖母の花壇を、覚えているようだった。
「また咲くよ。」
その花壇には、何も植っていない。
娘はしばらく雪を踏んでいた。
けれど、触れなかった。
「入ろっか。」
空になった家は、取り壊しが決まったらしい。
玄関のガラス戸を横に引く。
それは、拒絶の音だ。
また床が鳴って、恥ずかしい。
隙間風も、優しいものと思っていた。
祖母が、いない。
居間の隅に座る。
畳が痛い。
「おばあちゃん、帰れなくなるの?」
娘は私の顔を窺い見た。
「そうだね。」
格子窓がカタカタ鳴る。
「嫌ねえ。」
母は呟く。
あれは、いいのに。
外の匂いがする。
隙間風の音が、立っていた。
了
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