婚約破棄で追放されましたが、前世が社畜だったので元婚約者の後悔が見えません
「エリーゼ、婚約は破棄だ。君を辺境に追放する」
王太子エドヴァルトの声が、広間に響き渡る。
貴族たちがざわめく中、私――エリーゼ・ノイマンは、内心で飛び上がるほど喜んでいた。
「やった! ありがとうございます!」
「……は?」
エドヴァルトが目を見開く。周囲の貴族たちも凍りついたように静まり返った。
しまった。つい本音が出てしまった。
「いえ、その……エドヴァルト様のお心遣いに、感謝申し上げます」
慌てて取り繕うが、もう遅い。
隣に立つ聖女アメリアが、優しげな笑みを浮かべながら言った。
「まあ、エリーゼ様。お辛いでしょうに、気丈に振る舞われて……」
辛い? 全然辛くない。むしろ最高だ。
だって、これでやっと自由になれる。
夜会も、社交辞令も、接客スマイルも、もう必要ない。
「エリーゼ様は、辺境のボロ屋敷に送られるそうですわ。可哀想に……」
貴族の女性たちが囁き合う。
ボロ屋敷? 上等じゃない。
誰も私に期待しない場所。誰も私を必要としない場所。
つまり、残業も休日出勤もない場所。
(前世で過労死したんだから、今世くらいゆっくりさせて)
私は心の中で、そう叫んだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
婚約破棄の宴から三日後。私は荷物をまとめながら、この五年間を振り返っていた。
五年前、私は王太子エドヴァルトと婚約した。
ノイマン伯爵家の三女である私が、王太子妃候補に選ばれたのは、家柄と教養のバランスが良かったかららしい。
最初は悪くないと思っていた。
だが、すぐに気づいた。
王太子妃候補の生活は、前世の私が働いていた大手広告代理店と同じくらいハードだということに。
「エリーゼ、もっと笑顔で」
夜会で三時間立ちっぱなしで社交辞令を述べ続けていると、エドヴァルトがそう囁いてきた。
(笑顔、笑顔、笑顔……)
前世で接客業をやらされていた時と同じだ。
口角を上げて、目も笑って、声のトーンを上げて。
「エリーゼ、貴族夫人たちともっと親しくするように」
(営業、営業、営業……)
これも前世と同じ。
相手の機嫌を取って、話を合わせて、自分を殺して。
「エリーゼ、週に三回は夜会に出席してもらう」
(残業、残業、残業……)
週三回の夜会。一回につき四時間。
それに加えて、昼間は王太子妃教育。
刺繍、音楽、舞踏、歴史、政治、外交……。
(前世では週120時間労働。月の残業時間は200時間超え)
(それに比べればマシだと思ってたけど、やっぱり疲れる)
(人間、一度自由を知ったら、もう戻れないんだ)
そして一年前、決定的な出来事が起きた。
聖女アメリアの出現だ。
「エドヴァルト様、素敵ですわ!」
明るく、屈託なく笑うアメリア。
彼女は私と正反対だった。
社交辞令が得意で、誰にでも優しく、常に笑顔で。
(まるで、営業成績トップの同僚みたい)
(きっと、接客スマイルが得意なんだろうな)
エドヴァルトの態度が変わったのは、その時からだ。
「エリーゼ、君は冷たいな」
「アメリアを見習ったらどうだ?」
「君といると、疲れる」
ああ、そう。
私も疲れてるんだけど。
でも、それを言っても無駄だろう。
前世でも、上司に「疲れた」なんて言えなかった。
侍女が荷物をまとめながら、泣いている。
「お嬢様、こんな仕打ちがあっていいのでしょうか……」
「大丈夫よ。むしろ、これで良かったの」
「でも、辺境の地で、お一人で……」
「一人が一番楽なのよ」
侍女は理解できないという顔をしている。
まあ、普通の貴族令嬢なら、追放は屈辱だろう。
でも私は、前世で過労死した社畜だ。
自由時間こそが、何よりの宝物だと知っている。
「エリーゼ! 何をのんきに荷造りしているの!」
姉のマルガレーテが部屋に入ってきた。
「王太子妃になれなかったなんて、家の恥よ!」
「すみませんね、姉上」
「謝って済む問題じゃないわ! あなたがもっと努力していれば……」
もっと努力?
私、十分努力したと思うんだけど。
「あなたが地味で、冷たくて、愛想がないから、こんなことになったのよ!」
(地味で冷たくて愛想がない)
(つまり、接客スマイルをしない、営業トークをしない、上司の機嫌を取らない)
(それって、そんなに悪いことなの?)
「姉上、私は辺境に行きます。もう二度と、王都には戻りません」
「当然よ! 恥さらし!」
マルガレーテは怒鳴りながら部屋を出て行った。
ふう。
やっと静かになった。
(これで、家族からも解放される)
(もう、誰の期待にも応えなくていい)
(自由だ)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
辺境の地に到着したのは、それから一週間後だった。
噂通り、屋敷はボロかった。
壁は剥がれ、窓は割れ、庭は荒れ放題。
「お嬢様……こんな場所で……」
侍女が泣きそうになっている。
「最高じゃない」
「え?」
「一人暮らし、最高じゃない!」
私は本気で言った。
夜会もない。社交辞令もない。接客スマイルもない。
誰も私に何も期待しない。
誰も私を必要としない。
つまり、完全な自由。
「お嬢様、お部屋もこんなに狭くて……」
「十分よ。むしろ広すぎるくらい」
前世では、六畳一間のワンルームマンションに住んでいた。
しかも、寝るためだけに帰る場所だった。
ベッドとデスクで部屋はいっぱい。洗濯物は部屋干し。
それに比べれば、この屋敷は宮殿だ。
「お嬢様、お食事も質素で……」
「十分よ。むしろ豪華すぎるくらい」
前世では、コンビニ弁当かカップ麺だった。
深夜のオフィスで、一人で黙々と食べる。
それに比べれば、この質素な食事は御馳走だ。
私は窓を開けて、深呼吸した。
新鮮な空気。静かな環境。自由な時間。
(これが……天国)
(前世の私に教えてあげたい)
(過労死した先に、こんな幸せが待ってるって)
その日から、私は自由を満喫した。
朝は好きな時間に起きる。目覚まし時計なんて不要。
昼間は本を読んだり、散歩したり、昼寝したり。誰にも文句を言われない。
夜は早く寝る。深夜残業なんてない。
夜会もない。社交辞令もない。接客スマイルもない。
「お嬢様、本当に大丈夫なのでしょうか……」
侍女は心配そうだが、私は本気で幸せだった。
(前世で失った自由を、取り戻した)
(これ以上、何を望むというの?)
そんな平和な日々が一ヶ月ほど続いた時、転機が訪れた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「失礼する」
屋敷の門を叩いたのは、黒髪の男性だった。
背が高く、鋭い目つきをしている。
「私は、ヴェスターヴァルト辺境伯爵、ラインハルト・フォン・ヴェスターヴァルトだ」
ああ、この辺境の領主か。
「ノイマン家のエリーゼです。お初にお目にかかります」
「……君が、追放されたという令嬢か」
「はい、そうです」
ラインハルトは、私を値踏みするような目で見た。
「追放されて、辛くないのか?」
「全然。むしろ感謝してます」
「……何?」
「自由時間、最高です」
ラインハルトは、驚いたように目を見開いた。
「追放を……喜んでいる?」
「はい。夜会もない、社交辞令もない、接客スマイルもない。最高じゃないですか」
「接客……スマイル?」
「ああ、すみません。貴族らしい笑顔、という意味です」
ラインハルトは、しばらく黙っていた。
そして、ふっと笑った。
「面白い人だな、君は」
「よく言われます」
「実は、頼みがある」
「何でしょう?」
「領地の事務仕事が溜まっていて……手伝ってもらえないか?」
事務仕事?
(ああ、懐かしい)
(前世では、Excel神と呼ばれていたっけ)
(VLOOKUP関数もピボットテーブルも使いこなしてた)
「いいですよ。でも、条件があります」
「条件?」
「定時で帰らせてください」
「定時……?」
「はい。朝九時から夕方五時まで。休憩一時間。残業なし」
ラインハルトは、困惑した顔をした。
「それは……構わないが」
「では、お受けします」
こうして、私は辺境伯爵の屋敷で事務仕事を手伝うことになった。
最初は簡単な書類整理から始まった。
だが、すぐに気づいた。
この領地の事務処理、めちゃくちゃだ。
「ラインハルト様、この書類、重複してますよ」
「重複?」
「同じ内容の報告書が三通。無駄です」
「そうか……気づかなかった」
「それに、この帳簿、計算が合っていません」
「本当か!?」
「はい。多分、誰かが誤記したのでしょう」
私は前世のスキルを総動員して、書類を整理していった。
重複を削除し、誤記を修正し、帳簿を整えた。
前世で培ったExcelスキルは、この世界では魔法のように見えるらしい。
「エリーゼ……君は……」
ラインハルトが、呆然と私を見ている。
「三日で、これだけの仕事を?」
「はい。そんなに大変じゃなかったです」
「大変じゃ……ない?」
「前世……じゃなくて、前にもっと大変な仕事をしていたので」
(月200時間の残業に比べれば、これくらい余裕)
ラインハルトは、しばらく黙っていた。
そして、真剣な顔で言った。
「エリーゼ、君に正式に頼みたい」
「はい?」
「この領地の事務を、任せたい」
「いいですよ。でも、定時で帰らせてくださいね」
「……ああ、分かった」
こうして、私は辺境領の事務官として働くことになった。
と言っても、前世に比べれば圧倒的に楽だった。
朝九時に出勤し、夕方五時に退勤する。
残業なし。休日出勤なし。
(これが……普通の労働)
(前世の私、何やってたんだろう)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
それから三ヶ月が経った。
私はすっかり辺境での生活に馴染んでいた。
朝、ラインハルトの屋敷で事務仕事をする。
夕方、自分の屋敷に帰って、自由時間を楽しむ。
シンプルで、平和で、幸せな日々。
「エリーゼ」
ある日、ラインハルトが私を呼んだ。
「はい、何でしょう?」
「君に、聞きたいことがある」
「どうぞ」
「なぜ、君は追放を喜んでいるんだ?」
ああ、やっぱりそこが気になるのか。
「前世……じゃなくて、前の生活が、辛かったからです」
「辛かった?」
「はい。夜会、社交辞令、接客スマイル……全部、疲れました」
「それは……王太子妃候補としての務めだろう?」
「でも、私には向いていませんでした」
私は正直に話した。
「私、本当は人と話すのが得意じゃないんです」
「そうか」
「それに、笑顔を作るのも苦手です」
「だが、君は今、笑っているじゃないか」
「え?」
「君は今、自然に笑っている」
そう言われて、私は自分の顔を触った。
本当だ。笑っている。
「王太子妃候補の時は、いつも無理に笑顔を作っていました」
「でも今は、自然に笑える」
「それは……そうですね」
「なぜだ?」
「ここでは、無理をしなくていいからです」
「それに、あなたは私の仕事を認めてくれる」
「笑顔じゃなくて、能力を見てくれる」
ラインハルトは、優しい目で私を見た。
「エリーゼ、俺と結婚してくれ」
「……は?」
え、今、何て言った?
「結婚してくれ」
「な、なんで!?」
「君といると、肩の力が抜ける」
「それだけ!?」
「それに、君の事務能力が必要だ」
「理由がビジネスライクすぎませんか!?」
ラインハルトは、少し困ったような顔をした。
そして、真剣な目で言った。
「……君のことが、好きだ」
心臓が跳ねた。
「俺は、君といると安心する」
「君の笑顔が見たい」
「君と一緒にいたい」
「だから、結婚してくれ」
私は、しばらく黙っていた。
結婚。
前世では、考える暇もなかった。
仕事が忙しすぎて、恋愛どころじゃなかった。
28歳で死ぬまで、恋人すらいなかった。
「ラインハルト様、一つ質問があります」
「何だ?」
「結婚しても、定時で帰れますか?」
「……ああ」
「夜会は、月に一回まででいいですか?」
「……構わない」
「では、お受けします」
ラインハルトは、嬉しそうに笑った。
「本当か!?」
「はい。あなたとなら、幸せになれる気がします」
ラインハルトは私を抱きしめた。
温かい。
前世では感じたことのない、温もり。
(これが……愛?)
(前世で知らなかった感情)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
それから一ヶ月後、私たちは結婚した。
小さな式だったが、心温まるものだった。
領民たちも祝福してくれた。
「エリーゼ様、お幸せに!」
「ラインハルト様、いい奥様をもらいましたね!」
私は、心から笑っていた。
無理な笑顔じゃない。
本物の笑顔。
「エリーゼ」
ラインハルトが私の手を取った。
「幸せか?」
「はい、とても」
「俺も幸せだ」
結婚後も、私は事務仕事を続けた。
朝九時から夕方五時まで。
残業なし。休日出勤なし。
そして、家に帰れば、ラインハルトが待っている。
「お帰り」
「ただいま」
何気ない会話。
でも、それが何より嬉しかった。
前世では、「ただいま」を言う相手すらいなかった。
ラインハルトは、私を溺愛した。
常に側にいたがり、手を繋ぎたがり、抱きしめたがった。
「エリーゼ、愛してる」
「私も、愛してます」
(これが……幸せなのかな)
(前世の私が知らなかった、本当の幸せ)
そんな平和な日々が半年ほど続いた時、事件が起きた。
王都から、使者が来たのだ。
「エリーゼ様、王太子殿下からの手紙です」
手紙?
私は、嫌な予感がした。
手紙を開くと、そこには王太子エドヴァルトの筆跡で、こう書かれていた。
『エリーゼ、戻ってきてくれ。俺が間違っていた』
は?
「エリーゼ、どうした?」
ラインハルトが心配そうに聞いてくる。
「王太子が、戻ってきてくれって」
「何!?」
「でも、断ります」
「本当か?」
「当然です。私、今すごく幸せなので」
ラインハルトは、安堵したように笑った。
「そうか」
「はい」
だが、それで終わらなかった。
一週間後、王太子エドヴァルト本人が、辺境まで訪ねてきたのだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「エリーゼ」
玄関に立っていたのは、見覚えのある金髪の男性だった。
王太子エドヴァルト。
私の元婚約者。
「エドヴァルト様……なぜここに?」
「君に会いに来た」
「お断りした手紙、読みませんでしたか?」
「読んだ。だが、直接話したかった」
エドヴァルトは、真剣な顔をしていた。
だが、私には彼の表情が遠くに見えた。
(ああ、もう私には関係ない人だ)
「エリーゼ、俺が間違っていた」
「はあ」
「君を追放したのは、間違いだった」
「そうですか」
「戻ってきてくれ」
「無理です」
「なぜだ!?」
「私、今すごく幸せなので」
エドヴァルトは、驚いたように目を見開いた。
「幸せ……?」
「はい。ここでは、夜会もない、社交辞令もない、接客スマイルもない」
「それに、愛する夫もいます」
「夫……?」
「そうだ。俺の妻に何の用だ?」
ラインハルトが、私の隣に立った。
その腕が、私の腰に回される。
エドヴァルトは、ショックを受けたような顔をした。
「エリーゼ、君は……」
「幸せです。本当に」
「あの冷たい君が、笑っている……?」
「冷たい?」
私は、少しだけ怒りを覚えた。
「エドヴァルト様、あなたは私を『冷たい』と言いましたね」
「それは……」
「でも私、ただ疲れてただけなんです」
「疲れて……?」
「あなたと一緒にいると」
エドヴァルトは、言葉を失った。
「私、あなたのために笑顔を作って、社交辞令を言って、接客スマイルをして」
「でも、それが辛かったんです」
「本当の私を見てくれなかった」
「エリーゼ……」
「だから、追放されて本当に良かった」
「そんな……」
「あなたには、聖女アメリアがいるじゃないですか」
「彼女は……違う」
「何が違うんですか?」
「彼女は……君じゃない」
私は、ため息をついた。
「もう遅いです、エドヴァルト様」
「エリーゼ……」
「私には、ラインハルトがいます」
「彼が、私に自由をくれました」
「彼が、私を愛してくれました」
「彼が、本当の私を見てくれました」
「だから、私も彼を愛しています」
ラインハルトが、私をぎゅっと抱きしめた。
「もう二度と、俺の妻に近づくな」
ラインハルトの声は、冷たく鋭かった。
「エリーゼは、俺のものだ」
エドヴァルトは、何も言えずに立ち尽くしていた。
そして、やがて馬車に乗って去って行った。
その背中は、どこか小さく見えた。
(ああ、やっと終わった)
(もう、あの人のことを考えなくていい)
私は、ラインハルトの腕の中で、安堵のため息をついた。
「ラインハルト、ありがとう」
「礼を言うのは、こっちだ」
「え?」
「君が、俺を選んでくれて、ありがとう」
ラインハルトは、私の額にキスをした。
「本当に、俺でいいのか?」
「いいに決まってるじゃないですか」
「あなたは、私に自由をくれた」
「あなたは、私を愛してくれた」
「あなたは、本当の私を見てくれた」
「だから、私もあなたを愛しています」
ラインハルトは、嬉しそうに笑った。
「君に会えて、本当に良かった」
「私もです」
二人で抱き合いながら、私は思った。
(追放されて、本当に良かった)
(前世で過労死して、本当に良かった)
(だって、そのおかげで、この幸せに辿り着けたんだから)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
それから一年が経った。
私は、辺境領で充実した生活を送っていた。
事務仕事は相変わらず楽しく、ラインハルトとの生活は幸せだった。
そして、私たちの間には、赤ん坊が生まれた。
「エリーゼ、大丈夫か?」
「大丈夫です。ちょっと疲れただけ」
「無理するな」
「無理なんてしてません。週120時間労働に比べれば、育児なんて天国です」
「……120時間?」
「あ、いえ、なんでもありません」
ラインハルトは不思議そうな顔をしたが、追及はしなかった。
赤ん坊を抱きながら、私は思った。
(前世の私、見てる?)
(あの時、過労死しなければ、この幸せはなかった)
(だから、ありがとう)
(諦めないで、最後まで働いてくれて)
たまに、王都から噂が届く。
「王太子殿下と聖女様、不仲だそうですよ」
「王太子殿下、エリーゼ様のことをまだ……」
「エリーゼ様が羨ましい、という貴族令嬢が増えてるそうです」
でも、私には関係ない。
私は、ここで幸せだ。
自由な時間があって、愛する夫がいて、可愛い子供がいる。
定時で帰れて、残業もなくて、休日出勤もない。
これ以上、何を望むというの?
「エリーゼ」
ラインハルトが、私の隣に座った。
「愛してる」
「私も、愛してます」
「君と結婚できて、本当に良かった」
「私もです」
窓の外では、夕日が沈んでいく。
辺境の静かな夕暮れ。
前世では、この時間もオフィスで働いていた。
蛍光灯の下で、パソコンに向かって、誰もいないオフィスで一人。
でも今は、愛する家族と一緒にいる。
温かい部屋で、笑い声が響いて、幸せに包まれている。
「追放されて、本当に良かった」
私は、心からそう思った。
前世で失った自由を、この世界で取り戻した。
前世で知らなかった愛を、この世界で見つけた。
前世で味わえなかった幸せを、この世界で掴んだ。
これが、私の――本当の人生。
エリーゼ・フォン・ヴェスターヴァルトとしての、新しい人生。
そして、幸せな人生。
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