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鳩と私の雨宿り

作者: 山崎 桜
掲載日:2025/12/21

 雨が降ってきた。天気アプリには「すぐ晴れる」とあったので、傘を持っていない私は店の屋根の下で雨宿りをすることにした。

 

 通りを歩く人たちは、突然の雨に驚いたように足を速め、傘を持っている者だけが余裕のある顔をしている。私はただ、屋根の下で静かに雨の音を聞いていた。


 しばらくすると、一人の気配が近づいてきた。

「クルックー」

――鳩だ。正確には“一羽”だったが、まるで誰かがやってきたような存在感だった。鳩は私の足元から少し離れた場所で立ち止まり、濡れた羽を小さく震わせている。雨粒がアスファルトに落ちるたび、跳ね返った水が鳩の足元に細かな輪をつくり、それがすぐに消えていった。


 鳩は私を一度だけ見上げた。


 その黒い瞳には、警戒でも好奇心でもない、ただ“同じ雨に遭った者同士”の静かな共感のようなものが宿っていた。言葉を交わすわけでもないのに、不思議と心が落ち着いていく。

 

 雨宿りという行為は、ただ雨を避けるだけのはずなのに、こうして立ち止まると、普段は気づかない音や匂いが胸の奥に染み込んでくる。雨の匂い、アスファルトの湿った色、遠くで車が水を弾く音。世界が少しだけゆっくり回り始める。


 鳩は羽をふるりと震わせ、雨の向こうをじっと見つめた。まるで、行くべき場所を思い出したかのように。その姿は、雨に濡れながらも迷っていないように見えた。私はというと、ただ屋根の下で立ち尽くし、雨が止むのを待つだけの存在だ。鳩の小さな体に、なぜか自分よりも強い意志を感じてしまう。


 雨脚が弱まり、空が少し明るくなった。鳩は一度だけ私の方を振り返るように首を傾けると、軽く地面を蹴り、灰色の空へと舞い上がった。その羽ばたきは、雨粒を散らしながらも迷いがなかった。


 ふと、風が吹いて、白と灰色が混ざった鳩の羽が飛んできた。それは雨粒を受けてきらりと光り、私の足元へと落ちてきた。鳩はこの羽を残して、もう次の目的地へ向かったのだろうか。私はまだここで足を止めている。


 私はその姿を想像しながら思う。――私も早く家に帰らなくては。鳩はただ自分の戻る場所に帰っただけなのだ。


 雨が止んだ。

 

 私は深呼吸をして、屋根の外へ一歩踏み出した。鳩のように、(戻るべき場所)へ帰ろうと、鞄の取っ手を強く握った。


私の実体験のお話です。鳩可愛いですよね。

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― 新着の感想 ―
「鳩の小さな体に、何故か自分よりも強い意志が感じてしまう。」とても良くて心にぶっ刺さる表現でした。自分も雨の日に、傘をさし、外へ出て自分だけが残る世界を感じることもよくありました。普段気づかない物に似…
素敵な短編をありがとう。鳩との出会いが何かとても貴重で嬉しい事のように感じられました。
美しい文体で、一編の詩のようでした。 読後感も爽やかで、主人公と一緒に行くべきところに行こうという気持ちになりました。
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