鳩と私の雨宿り
雨が降ってきた。天気アプリには「すぐ晴れる」とあったので、傘を持っていない私は店の屋根の下で雨宿りをすることにした。
通りを歩く人たちは、突然の雨に驚いたように足を速め、傘を持っている者だけが余裕のある顔をしている。私はただ、屋根の下で静かに雨の音を聞いていた。
しばらくすると、一人の気配が近づいてきた。
「クルックー」
――鳩だ。正確には“一羽”だったが、まるで誰かがやってきたような存在感だった。鳩は私の足元から少し離れた場所で立ち止まり、濡れた羽を小さく震わせている。雨粒がアスファルトに落ちるたび、跳ね返った水が鳩の足元に細かな輪をつくり、それがすぐに消えていった。
鳩は私を一度だけ見上げた。
その黒い瞳には、警戒でも好奇心でもない、ただ“同じ雨に遭った者同士”の静かな共感のようなものが宿っていた。言葉を交わすわけでもないのに、不思議と心が落ち着いていく。
雨宿りという行為は、ただ雨を避けるだけのはずなのに、こうして立ち止まると、普段は気づかない音や匂いが胸の奥に染み込んでくる。雨の匂い、アスファルトの湿った色、遠くで車が水を弾く音。世界が少しだけゆっくり回り始める。
鳩は羽をふるりと震わせ、雨の向こうをじっと見つめた。まるで、行くべき場所を思い出したかのように。その姿は、雨に濡れながらも迷っていないように見えた。私はというと、ただ屋根の下で立ち尽くし、雨が止むのを待つだけの存在だ。鳩の小さな体に、なぜか自分よりも強い意志を感じてしまう。
雨脚が弱まり、空が少し明るくなった。鳩は一度だけ私の方を振り返るように首を傾けると、軽く地面を蹴り、灰色の空へと舞い上がった。その羽ばたきは、雨粒を散らしながらも迷いがなかった。
ふと、風が吹いて、白と灰色が混ざった鳩の羽が飛んできた。それは雨粒を受けてきらりと光り、私の足元へと落ちてきた。鳩はこの羽を残して、もう次の目的地へ向かったのだろうか。私はまだここで足を止めている。
私はその姿を想像しながら思う。――私も早く家に帰らなくては。鳩はただ自分の戻る場所に帰っただけなのだ。
雨が止んだ。
私は深呼吸をして、屋根の外へ一歩踏み出した。鳩のように、家へ帰ろうと、鞄の取っ手を強く握った。
私の実体験のお話です。鳩可愛いですよね。




