第七十三話『INFERNO[B1]』
揺らめく炎が現れた。
ユラユラと妖しげに揺れ、得も言われぬ幽玄さを感じさせる。
それが次第に少しずつ大きくなっていく。
やがてそれは真っ赤な布に代わり、道服のような形になる。
そこに骨だけの手足が生え、首元には骸骨。
黄金に輝く天冠を被り、眼窩からは溶岩が涙のように流れている。
『ハハッ。随分と禍々しいな』
燈悟の擬神を見ても余裕の態度を崩さない天平。
しばらくすると、擬神の身体が崩れて炎になり、一帯を囲む。
『んん?』
「"第一階層・等活地獄"」
八熱地獄と呼ばれる仏教における地獄がある。
生きた人間のいる世界の下にあるとされる階層構造になっている八つの地獄であり、燈悟の掛祀禍終はこれを模している。
今しがた発動されたのは八階ある地獄の一階層──等活地獄。
いたずらに生き物の命を奪う者がこの地獄に落ち、蟻や蚊などの小虫を殺した者も懺悔しなければ必ずこの地獄に落ちるとされ、生前争いが好きだった者や反乱で死んだ者もここに落ちると言われている。
ただし、それは本来の等活地獄の話。
燈悟の掛祀禍終はあくまでもそれを模しているだけなので、厳密なルールや仕組みはない。
掛祀禍終発動時に周囲にいる者すべてを問答無用でこの地獄に叩き込む。
その範囲は階層を下るごとに広くなっていく。
第一階層である等活地獄の範囲は狭く、純礼たちまでは及んでいない。
内部にいるのは燈悟と天平の二人だけで、発動が解かれない限りは二人とも外には出られない。
天平から部下たちを守るための発動でもあったが、当の天平はもはや燈悟以外には興味を持っていない。
『それで? 炎で囲うだけか?』
「慌てるな」
燈悟が言うと同時に地面から巨大な刃が生えだす。
優に百を越える刃が天を衝かんばかりにそびえ立ち、さながら鉄色の森といった様相を呈す。
そして、それが一斉に振動する。
次の瞬間、全方位に向けて一斉に斬撃が放たれた。
天平は目を見開き、黄金の光を放射。
斬撃と接触し爆発を起こす。
『ハハハハハハハハハハハハハハハハッ!』
炎で囲まれた領域を埋め尽くさんばかりに放たれた斬撃を光の波動が迎撃し、あちらこちらで爆発が起きる。
この世の終わりのような光景の中で、天平は宙に浮かび高笑い。
鉄色の森に向けて無数の光線を放ち、刃の樹をへし折る。
しかし、すぐさま新たな刃が生え、振動し、斬撃を撒き散らす。
それは天平の光の防御を抜き、切り傷を負わせる。
『チッ……ん?』
傷を見て舌打ちをする天平だが、どこからか涼しい風が吹いてくるのを感じ眉をひそめる。
周囲一帯を業火に包まれた空間の一体どこから涼しい風が吹くというのか?
そんなことを考えていると、負った傷が逆再生でもしているかのように癒えていくのを見た。
『なんだ?』
「他所見とは余裕だな」
そこに斬撃と業火が襲いかかる。
それは再び光の防御を抜いて、天平に傷を負わせる。
そしてやはり、どこからか涼しい風が吹いて、癒やしてゆく。
これこそが等活地獄の法則。
この内部では、どんな傷を負おうが、涼しい風が吹いては再生するのだ。
戦いにおいては無意味な能力に見えるが、消費した霊力や体力は回復しないため、いずれは決着がつく。
言ってみれば、確実に相手を生け捕りにしたい時に使う能力だ。
問題は、相手が燈悟より霊力や体力で勝る場合。
今の天平がそうであるかどうか。
燈悟はまだ計りかねている。
『敵を回復させてなにがしたい』
今までで最大数の光線を撃ち放つ天平。
その光線は細い線に枝分かれ。
天平がまるでオーケストラの指揮者のように手を振るうと、それに呼応して縦横無尽に動く。
その幾つかはそびえ立つ刃の僅かな隙間を遠って燈悟に到達。
彼に傷を負わせる。
しかし、その傷も涼しい風に吹かれて再生する。
それを天平は怪訝な表情で見つめ、ややあって得心したような表情に変わる。
『なるほど。等活……等しく活かすという事か。この領域内では互いに死なないという訳だ。だが、霊力は減っていっているな。生かしたままで俺を無力化する算段か?』
等活地獄の法則と燈悟の狙いの両方に気づく天平。
燈悟はそれに対して、なにも答えない。
『その前にお前の霊力が尽きなければ良いがなぁ』
再び大量の光線を放つ。
またもや細く枝分かれし、天平は指揮者の如くにそれを操る。
燈悟は刃を振動させて斬撃を放ち、迎撃。
「芸がないな」
『それはお前だろう?』
無数の爆発音が響き渡る中でも相手の言葉をしっかりと聞き取り、会話を交わす二人。
その間にも光線と斬撃を放ち続ける。
『"尿星"』
天平が天を仰ぐように両手を広げる。
すると殆ど隙間なく空を埋め尽くす程の流星が降り注いだ。
そびえ立つ刃を撃ち崩し、地を這う炎を掻き消す。
一瞬だけ、燈悟が迎撃に使用できるものがなにも無くなる。
その隙を天平は見逃さない。
『"星屎"』
流星群から間髪入れずに空から現れたのは、巨大な隕石。
真っ逆さまに、地上へと迫る。
「──っ」
炎を発生させて迎撃しようとする燈悟だが、間に合わない。
凄まじい轟音を響かせて地上に衝突し、破壊をもたらす。
燈悟の掛祀禍終によって空間が切り離されていなければ、間世の東京は消滅していただろう。
そんな攻撃の直撃を受けては、燈悟といえどひとたまりもない。
肉片一つ残さず、完全に消し飛んでしまった。
だが、やはり──
『ふぅん……』
涼しい風が吹き、無の状態から燈悟の身体が再生する。
等活地獄の領域内では誰も死ぬことを許されない。
『この再生……その者自身の霊力を消費して行われるようだな。今のように粉微塵に消し飛んでから再生するには、かなりの霊力を消費するんじゃないか?』
天平の問いに、燈悟は答えない。
しかし、彼の推察は当たっている。
『つまり、こうやってお前を粉微塵に消し飛ばし続ければ、いずれはケリがつくという訳だ。俺は今のを軽く百発は撃てるぞ』
天平は見下すような笑みを浮かべる。
『お前はどこまで保つ? 試してみようじゃないか』
口角をさらに上げ、楽しそうに言う天平。
一方の燈悟は険しい表情で、なにかを決心する。
「事ここに至る……だな」
刀印を組む燈悟。
「"第七階そ……」
そして、地獄の階層を切り替えようとする。
だが、そこで天平が力なく落下する。
「俺……また……」
うつ伏せの状態で周囲を見渡す天平。
先程までの異様な霊気は消え失せている。
「撰隊長……?」
そして眼前で刀印を組む燈悟を見て、状況を理解し、青ざめる。
それを見た燈悟は刀印を解き、掛祀禍終も解除。
浅く息を吐いて、天平に告げる。
「帚木天平……お前を拘束する」




