第七十二話『熇熇』
「ん?」
不死身の肉体を武器に禍霊たちを殴って祓い続ける達実。
ある異変に拳を振るうのを止める。
「あれは……」
視線を向けるのは上空。
間世の夕焼け空が炎に包まれていく。
「天麓燎原? 隊長が来てるのか」
瞬く間に達実のいる場所も覆い尽くした燃える空。
そこから無数の熱線が禍霊だけを正確に狙い撃つ。
「はは。隊長がいると仕事がなくなるな」
先ほどまでウジャウジャといた禍霊たちがあっという間に焼き祓われたのを見た達実はそう言って苦笑し、踵を返す。
「ええっと……上着どこやった?」
☆
「お前は強そうだ……か。他部隊とはいえ上司に対する言葉遣いじゃないな。それとも、お前は帚木天平ではないのか?」
燈悟の言葉に、天平は笑みを浮かべたままなにも答えない。
その代わりに、光線を放つ。
虚空に強烈な光が発生し、やがて指向性を持って燈悟へ。
燈悟はそれを必要最小限の動きでかわす。
「掛祀禍終を解除したばかりの筈だが……なぜ能力が使える?」
『かけ……なんだって?』
──掛祀禍終を知らない? 帚木天平に別の人格でもあるのかと思ったが……
天平の反応から燈悟は推論を立てていく。
──この妙な霊気といい、まさか禍霊に意識を乗っ取られているのか? そんな話は聞いた事がないが……
燈悟が従えている炎が激しく逆巻く。
それはやがて熱線となり天平へ放たれた。
『ふ……』
避ける素振りを見せない天平。
熱線が直撃するが、天平にはなんのダメージもない。
「……」
燈悟は再び熱線を放つ。
同じように直撃するが、やはりダメージはない。
それを何度か繰り返すが、結果は同じ。
『もういいか?』
──攻撃の無効化? そういう能力を持っているのか? いや、この感覚は……神威か?
掛祀禍終や逆垂加を発動している訳でもない者から神威が放たれている。
その不可解さに考えを巡らせる暇もなく、天平から光線が放たれる。
「"弑逆礼法・式微神籬"」
燈悟は光線をかわしつつ、両手をパンっと合わせ弑逆礼法の結界を張る。
なぜ神威が放たれているのか。
その理由がどうであれ、弑逆礼法で無効化できることには変わりない。
『これは……ハッ……懐かしいな』
弑逆礼法の結界を見やり、そんな事を言う天平。
掛祀禍終は知らないのに弑逆礼法は知っている。
それを奇妙に思う燈悟だが、ゆっくり考えているような場合ではない。
「──っ!」
『良い反応だ』
一瞬で目の前に現れ、拳を突き出す天平。
燈悟は凄まじい反応速度でそれをかわし、蹴りを放つ。
天平は片手で防ぐが、吹き飛ばされる。
そこから肉弾戦に移行。
ビルの合間を高速で飛び回り、拳と蹴りを見舞う。
『良いぞ。この間の羽虫とは大違いだ』
燈悟を殴りつける。
吹き飛ぶ燈悟。
進行方向に炎を噴射して一気に復帰し、その勢いのままに蹴りを放つ。
「誰のことか知らんが、羽虫呼ばわりとは哀れな奴だ」
蹴り飛ばされてビルの内部に消える天平。
燈悟はそこに火炎放射。
階層全域が一瞬にして炎に包まれるが、天平は事もなげに脱出してくる。
『弱火だな。この身体の持ち主に配慮でもしてるのか?』
天平の問いには答えず、燈悟は距離を取る。
そして今さっきよりも強めの炎を放つ。
『好きにすれば良いが……あまり舐めた真似をしていると死ぬぞ』
天平の周囲の虚空に無数の光が発生し、そこから強烈な光線が放たれる。
炎を容易く掻き消し、射線上のすべてを呑み込み、破壊をもたらす。
「……そのようだ」
回避した燈悟だが、目の前の相手に対する警戒レベルを引き上げる。
──この規模の攻撃をまるでジャブ感覚で撃つか……。厄介なことだ。
「少し本気でやろう」
『まだ舐めてるな』
不愉快そうな言葉に反して、楽しげな表情を浮かべる天平。
そのまま目にも止まらぬ速度で迫る。
しかし、
『──なんっ』
燈悟まで後わずかといった所で爆発に見舞われ、吹き飛ぶ。
これは燈悟の憑霊──恚燬の力。
自身の周囲に霊力の膜を作り、その膜になにかが触れた瞬間に恚燬の力で爆炎を発生させる。
いわば不可視の爆発反応装甲。
燈悟は戦闘時には常時これを展開しており、極めて高い防御能力を発揮している。
今回は天平に配慮して解除していたが、使わねば危険と判断したようだ。
『なんだ防御膜か?』
天平は数本の光線を放つ。
それは燈悟を取り囲む霊力の膜に触れると大爆発を起こして掻き消える。
『ふん』
天平は鼻を鳴らし、燈悟に手をかざす。
『無駄なことだ』
そう言って位置交換能力を発動する。
指定したモノの位置を自在に入れ替えられるこの能力には有効な防御はない。
しかし、
『なに?』
能力が発動しない。
天平はかざしていた手を引っ込め、怪訝な表情で手の平を見つめる。
──俺が表に出てくるのはこれで三度目。力の主導権が移行しつつあるな。恐らく天相地象も使えないだろう。
手の平をじっと見つめながら思案する天平。
一方の燈悟はやや困惑しながら様子をうかがっている。
──それに加えてあの結界だ。奴の編み出した忌々しい禁厭。あれが俺の力を削いでいる。
『まぁ良い』
手をだらんと下げ、再び笑みを浮かべる天平。
無制限の位置交換能力と天体の運行による事象操作。
強力極まりない二つの能力が使えない飛車角落ちともいえる状況にあって、天平には微塵も焦りは見えない。
むしろ、この状況を楽しんでさえいるようだ。
『力技でこじ開けてやろう』
虚空に無数の光が出現し、周囲を煌々と照らす。
それに対して、燈悟も大量の炎を発生させる。
「火力勝負なら、俺も自身がある」
『だろうなぁ』
睨み合う二人。
しばらくして同時に攻撃を放つ。
天平は光り輝く黄金の光線。
燈悟は揺らめく炎の熱線。
それらを無数に放ち、やがて激突。
いくつもの大爆発が発生。
轟音が響き、周囲を破壊する。
それでも二人は攻撃を放ち続ける。
やがて、天平が攻撃を放つペースが燈悟のソレを上回りだす。
熱線での迎撃が間に合わず、防御膜に光線が触れる。
光線は爆発で掻き消えるが、瞬く間に次の光線が放たれる。
恚燬の防御は堅牢だが、弱点はある。
それは飽和攻撃。
霊力で膜を作り、触れた箇所から爆炎を吐く。
その爆炎は霊力を変換して生み出されるため、爆炎を吐けば吐くほど膜は薄くなっていき、やがては穴が開く。
もちろん燈悟が新たに霊力を供給すれば再生するが、その処理が追いつかない速度と量の攻撃を受ければ、防ぎきれない。
そして今まさに、そういう攻撃に晒されている。
「"恚燬・炎弑"」
防御を破られた燈悟は次の一手を打つ。
手の平を開き、抖擻発動。
すると天平の横を抜けて行った熱線たちが旋回し、やがて巨大な炎の渦となって天平を閉じ込める。
『下らん』
全方位に強烈な光を放ち、渦を破ろうとする天平。
しかし、
『んん?』
渦は破れない。
炎弑は中に閉じ込めた者の力が強ければ強い程に熱と勢いを増す。
今のように攻撃を加えて渦を破ろうとする行為は逆効果だ。
燈悟が手の平を握る。
すると渦が上下から収斂し、やがて小さな球体に圧縮される。
それは光を放ち、大爆発。
爆発の凄まじい衝撃で周囲の建物の窓ガラスがすべて割れ、ビルの群れも倒壊してゆく。
そんな中で、燈悟は身じろぎもせずに目の前を見据えている。
炎と煙が晴れると、そこには──
『今のは中々よかった』
傷一つない天平がいた。
──防御手段を講じたようには見えない。素の肉体強度で耐えたのか。
「やむを得ないな」
燈悟は溜息を吐き、右手で刀印を組む。
次の瞬間には彼から今までとは比べ物にならない霊力が湧き上がる。
天平はそれを見て焦るどころか、面白くなってきたと言わんばかりに破顔する。
「"掛祀禍終"──"八熱排熱恚燬"」
地獄が顕現する。
熱気と死臭の充溢した地獄が。




