第六十七話『空像』
校外学習の翌日。
天平、純礼、夏鳴太の三人は任務で学校からそのまま車で移動していた。
「体調はもう大丈夫ですか? 帚木くん」
「はい」
送迎を担当している補助員の涌井が運転席から後部座席の天平に声をかける。
天平は夏鳴太に言われた通り、新学期初日から今日に至るまで禍対の仕事を休んでいた。
天平が暴走したという事実は、喬示、純礼、夏鳴太、そして禍対のトップである新倉以外には伏せられている。
その為、表向きには体調不良で休んでいるという事になっていた。
「あまり無理はなさらないでくださいね」
「ありがとうございます」
「まぁ、単独任務やないし、大丈夫やろ」
「私たち三人での任務は久々ですよね」
純礼の言葉に涌井は頷く。
「今回の任務について説明します。今回は禍霊でも寄処禍でもなく、呪物です」
「昨日も呪物の事案がありましたよ。俺たちの管轄じゃなかったですけど」
「それについては私も報告書を見ました。おそらく、それと同じ事案です」
バックミラー越しに視線をやりながら涌井が言う。
「先日、四ツ谷駅の構内で竜のような姿をした霊性生物が発見されましたが、霊気から禍霊ではなく呪物から発生ないしは変形したものだと思われます」
「呪物から発生した竜……確かに昨日と同じですね」
「既に四ツ谷駅構内は爆発物が発見されたというカバーストーリーで封鎖しています。人払いは済んでいますから民間人を気にかける必要はありませんが、構内の破壊は極力避けてください」
「道葉さんたちがやってたみたいな戦い方しないといけないのか」
「ま、イケるやろ」
話している内に四ツ谷駅に現着。
涌井の言っていた通り、周囲には規制線が張られ完全に封鎖されている。
天平たち三人は車から降り、規制線の内側へ。
「夏鳴太くん」
「分かっとる」
純礼の言葉に夏鳴太が応え、二人同時にパンッと手を合わせる。
「"門前雀羅"」
二人がそう唱えると、結界が張られる。
二人分の霊力が込められたソレは規制線の張られた範囲をすっぽりと収めている。
「二人も使えるんだ」
「これは結界術の初歩やからな。お前も練習したらすぐ習得出来るで」
「そうなのか」
三人はそのまま構内へ。
「それにしても、誰がなんの目的で駅に呪物なんて置くんだろうね」
「呪物を取り除いたら、それの捜査もしなきゃね。と言っても、やるのは私たちじゃなくて霊捜でしょうけど」
「霊捜?」
「霊能犯罪捜査局。略して霊捜。寄処禍以外の霊能犯罪者を取り締まる部署よ」
「そんな部署もあるんだ」
「禍対と協働する場合もあるわ。実際に今ちょうど、隊長が霊捜と一緒に殃祚の捜査をしてる」
「捜査能力は禍対より上やからな。帶刀家もよう世話になったわ」
会話をしながら、構内を進む。
その三人の会話と足が同時に止まる。
三人の視線の先、改札口の向こうから、ソレは現れた。
竜。
青い鱗を煌めかせ、宙を蛇行して迫ってくる。
昨日、地蔵橋南東児童遊園で見たものの色違いのような竜だ。
「さっそくお出ましや」
夏鳴太は素早く抜刀し、前に出る。
「私は建物が壊れないようにサポートするわ。二人で前衛をお願い」
「いけるんやな? 天平」
「ああ」
天平は夏鳴太の言葉に応え、同じように前に出る。
「"明星"!」
「"臈闌花"」
「"霳霞霹靂"!」
三人同時に能力を発動。
それを見た竜は大きく口を開き、高圧水流を放つ。
純礼が花びらで壁を作り防御。
天平と夏鳴太は散開し、二方向から竜に向かう。
「昨日のやつは風で、こっちは水か」
「遠距離攻撃はせんほうがええな」
遠距離攻撃では回避された場合、構内に被害を及ぼしてしまう可能性がある。
夏鳴太はそう考え、電撃を飛ばすようなことはせずに直接斬りかかる。
一方の天平は自分の前方と竜の後方にそれぞれ一つずつ球体を配置。
──イケる。
手で銃の形を作る天平。
歌舞伎座で行った純礼との"共同祓除"の効果か、前まであったような動きの悪さは見られない。
「"明星・射光"」
そして抖擻発動によるレーザービームを放つ。
竜は身体をひねり回避し、レーザービームは構内の壁に向かう。
天平はすぐさま竜の後方に配置していた球体と位置を交換。
レーザービームをそのまま自分の身体で受ける。
自分の憑霊の力で自分が傷つくことはない。
島根の戦いではこの原則が崩されたが、天平はその原則の中にいた。
レーザービームでダメージを負うようなことはなかった。
──大丈夫みたいやな。
抖擻発動による攻撃を行った天平を見て、夏鳴太は安堵したように微笑する。
「こっちも行くで!」
竜に斬りかかる。
電撃の迸る刃が青い鱗を斬り裂く。
「■■■■■─!」
痛みに悶える竜。
叫んだ際に開けた口で、そのまま夏鳴太に噛みつく。
「やめとき」
夏鳴太は身体を雷化。
竜の牙は夏鳴太の身体をすり抜け、雷が竜の身体を伝う。
「■■■■─!」
全身を痙攣させのたうち回る竜。
振り回される尾が、床や天井、壁に打ち付けられようとするが、純礼が花びらで防ぐ。
「■■■■─!」
竜の角がバチバチと音を立てて、そこから全方位に電撃が放たれる。
「があっ!」
「くっ!」
「おお?」
天平は避けきれずに電撃を浴び、純礼は構内の破壊を防ぐのに追われる。
「お前も電撃出せるんかい」
雷化している夏鳴太には当然、電撃など効かない。
放たれる電撃の中を進み、斬りかかる。
すると竜は口から大量の水を放出。
瞬く間に構内を浸水させる。
「アカン!」
夏鳴太は咄嗟に雷化を解く。
この水が真水でもない限り、雷そのものになっている今の夏鳴太が触れると拡散してしまうためだ。
「■■■■■─!」
竜はそれを見逃さず、電気を放つ。
「ぐおっ!」
夏鳴太は電撃に耐性がある為、この程度の電撃では大したダメージは無いが、大きく吹き飛ばされてしまう。
「"明星・射光"!」
「■■■─!」
天平が背後からレーザービームを放つ。
直撃したが、鱗を焦がす程度で大したダメージは見られない。
──射光じゃ威力が足りないな。でも光芒桔梗はここじゃ撃てない。掛祀禍終も擬神が構内に収まらない。
頭を回転させ、構内に被害を出さずに竜を倒す方法を考える。
──擬神を出さずに発動出来れば良いんだけどな。……いや、出来るんじゃないか?
ある可能性を考えつく天平。
迷わずそれを実行に移す。
「天平くん……!?」
「は!? おい! なに考えてんねん!」
純礼と夏鳴太の視線の先。
刀印を組む天平の姿。
二人が焦るのも当然。
天平の掛祀禍終によって顕現する擬神は宙に浮かぶ巨大なオニヒトデ。
こんな場所で発動すれば、構内に破壊をもたらすだろう。
しかし天平は二人の反応を顧みず、発動に踏み切る。
「"掛祀禍終"──"天織鈿梭明星"」
掛祀禍終が発動される。
霊気の奔流が構内を吹き抜ける。
それが晴れて現れたのは、キラキラと光り輝く天平。
擬神はいない。
「え?」
「なんや?」
それを見て困惑する二人。
当の天平は安堵したような表情を浮かべている。
「出来た……!」
天平が行ったのは擬神を降臨させない掛祀禍終。
擬神なしで神威と掛祀禍終時の能力のみを発現させている。
周囲の被害に気を配らなければならないシチュエーション。
それによる擬神なしで掛祀禍終を発動できないか、という平時なら浮かばないだろう発想。
そして暴走への恐怖からくる、よりいっそう繊細になっている憑霊術の扱い。
三つの要因が、この特異な発動を実現させた。
「■■■■─!」
竜が電撃を放つ。
しかし、神威に無効化される。
「消えろ!」
天平が手で銃の形を作る。
指先から巨大な光線が放たれ、竜を一瞬で消し飛ばす。
竜が消えるのと同時に光線も消える。
構内に被害を出すことなく、竜を倒すことに成功した。
天平は溜息を吐き、掛祀禍終を解除。
すると強い動悸に襲われる。
「っ……あっ……!」
胸を押さえながら膝をつく天平。
島根で暴走する直前の感覚を思い出す。
「天平くん!」
「天平!」
純礼と夏鳴太が駆け寄る。
「はっ……はっ……」
純礼に背中をさすられながら、呼吸を整える天平。
「ありがとう。もう大丈夫」
動悸が治まり、顔を上げる天平。
純礼と夏鳴太は心配そうに見ている。
「本当に?」
「うん。もうなんともないよ」
純礼に言葉を返しながら、立ち上がる天平。
「これで任務完了だね」
「……そうね」
相変わらず心配そうな表情のまま、天平を見つめる純礼。
緊張感を残したまま、任務は終了。
しかしそこに、
「おー。倒したんだ。やるじゃん」
明るい、しかし毒気を含んだ声が届いた。




