第六十四話『恐れ』
夏休みも終わり、青鶯高校では今日から新学期。
朝のホームルーム前の教室には生徒たちの賑やかな声が溢れている。
その中には天平の声もあった。
「え!? 付き合うことになったの!?」
「バカ! 声デケェって!」
「あ、ごめん」
後ろの席のクラスメイト─菅原桔平に口元を押さえられる天平。
「で、本当に付き合うことになったの?」
「おう。夏祭りの日に告白してさ、オッケーもらった」
「へ〜。おめでとう」
「サンキュー。お前と早蕨さんとのダブルデートのおかけだぜ」
「そんなか?」
ありがたや〜と両手を合わせる菅原。
その大袈裟な様子に天平は苦笑する。
「夏祭りかぁ。今年は行けなかったな」
「お前は夏休み島根に行ってたんだっけ? 親戚の家でもあんの?」
「ああ、うん。そんな感じ」
菅原の質問に曖昧に返す天平。
それと同時に予鈴が鳴った。
担任がやって来てホームルームを行う。
今日はこの後、始業式。
天平たちは廊下に並び、体育館へと向かった。
☆
始業式の後は防災訓練。
現在は火災発生を想定した避難訓練の最中。
そのまま校庭に出て、消防職員の指導の下、初期消火訓練が行われる。
天平たちのクラスも校庭へ向けて避難を行う。
その最中に天平はふと進行方向とは反対の渡り廊下に視線を向ける。
そこに、イタチのような生物を見た。
──え? イタチ?
天平は周囲を見渡す。
校舎にイタチがいれば騒ぎになりそうなものだが、クラスメイトたちは誰も気づいた様子がない。
──みんなには見えてない。てことは禍霊か……
天平は近くにいたクラスメイトにトイレに行くと伝え列から離れる。
「禍仕分手」
そして禍仕分手を発動し、イタチ禍霊と共に間世に転移。
夕暮れに照らされる渡り廊下で天平とイタチ禍霊が睨み合う。
数秒あって、イタチ禍霊が先に動く。
胴体がニョロニョロッと伸び、接近する。
「うおっと」
そのまま繰り出された噛みつき攻撃を回避。
蹴りで反撃するが、伸びた胴体が元に戻ったことで、空振りに終わった。
イタチ禍霊は今度は両の前足を鎌のような形に変形させる。
そしてそれを順に振るうと、斬撃が発生した。
「おおっ!?」
天平は横っ飛びに回避。
イタチ禍霊は寝転がった状態の天平に向けて、さらに斬撃を飛ばす。
「くそっ! "明星"」
ここにきて天平はようやく憑霊術を発動。
光り輝く五つの球体が周囲に出現。
そのうちの一つと位置を交換し、斬撃を回避する。
それを見たイタチ禍霊は素早い動きで何度も鎌を振るう。
それにより無数の斬撃が発生し、天平に襲いかかる。
「ぐっ!」
天平は五つの球体との位置交換を駆使し、回避を続ける。
しかし避け続けるだけで抖擻発動による攻撃などは行おうとはしない。
球体の一つをイタチ禍霊に向けて飛ばす。
だが、そんな単調な攻撃は掠りもしない。
──やっぱりコレじゃ駄目か……
天平は右手で銃の形を作り、照準を合わせる。
抖擻発動の一つ──射光を発動する為の予備動作だが、天平はその体勢のまま射光を発動しない。
そこにイタチ禍霊が斬撃を放つ。
「──っ」
天平は射光の発動態勢を維持したまま動かない。
その間にも斬撃が迫る。
天平はまだ発動しない。
前方に配置した球体を斬撃が裂く。
その瞬間、
「"霳霞霹靂"」
斬撃目がけて電撃が飛来し、接触と同時に炸裂。
「なにボケっとしとんねん!」
「夏鳴太……」
天平を叱咤しながら現れたのは夏鳴太。
彼は天平が禍霊を祓いに行ったのを見ており、教室まで刀を取りに戻ってから、ここへやって来たのだ。
「俺がやるから下がっとれ」
そう言って、イタチ禍霊に向き直る夏鳴太。
そこにイタチ禍霊から斬撃が飛ぶが、
「効かへんわ」
雷化した夏鳴太の身体には傷一つ付けられない。
バチバチと音を鳴らしながら、雷化した夏鳴太の身体が迸る。
イタチ禍霊は構わず攻撃を続けるが、すべて無効化される。
夏鳴太はお返しとばかりに刀を振るい、雷の斬撃を飛ばす。
イタチ禍霊は機敏な動きで、それを回避する。
「すばしっこいやっちゃな。ならコレや」
夏鳴太は抜き身のまま居合の構えを取る。
「"死人様・一ツ胴"──"飛燕迅雷"」
刀が素早く振り抜かれ横薙ぎの雷が放たれる。
それは燕の形になると、イタチ禍霊の胴体を真っ二つに斬り裂き、尚も止まらず渡り廊下から向かいの棟までにかけて切断した。
「キュ……イー……」
両断され打ち伏せたイタチ禍霊は弱々しい鳴き声を最後に消滅。
夏鳴太はフゥーと息を吐き、刀を鞘に納める。
「助かったよ、夏鳴太」
天平は歩み寄り、感謝の言葉を述べる。
しかし夏鳴太は呆れたような表情。
「助かったちゃうやろ。掛祀禍終まで習得してる寄処禍があんな禍霊相手になんの助けがいんねん」
至極もっともな夏鳴太の言い分に天平は黙り込む。
夏鳴太は溜息を吐くと、天平に近寄り、肩にぽんっと手を置く。
「純礼に聞いたわ。なんや憑霊に意識乗っ取られて暴走したんやって?」
「……」
「俺は寄処禍ちゃうからあんま詳しいことは知らんけど、普通ないことやってな。それで乗っ取られんのが怖くて、力使うんに躊躇しとる。そんなとこやろ?」
「夏鳴太……」
自分の心の内をきっぱりと言い当てられ、目を見開く天平。
「純礼が言うには、暴走した二回はお前が死ぬほど大怪我した時やろ? ほんなら普段は問題ないんとちゃうか?」
「そうだけど……明星の力を使い過ぎると、また暴走するんじゃないかって気がして……」
「気の持ちようやな。まぁ、俺は寄処禍ちゃうからアドバイスは出来ひんわ。しばらく休めや。お前の分の仕事は俺がやっといたる」
「え……良いのか?」
「困った時は助け合いや」
夏鳴太はそう言ってニッと笑うと、下手くそなウインクをして去って行った。
残された天平は右手を開き、じっと見つめる。
数秒間、そのまま動けなかった。
☆
新宿通り。
日本有数の繁華街である新宿を貫く大通りであるその通りを、一人の男が歩いている。
血を思わせる真っ赤な甚平風のジャケットにダボっとした黒のサルエルパンツという出で立ちの高校生くらいの少年だ。
時刻は夜の十時過ぎ。
まだまだ人で賑わう新宿通りを、その少年は鼻歌を奏でながら歩く。
前方から二人の男。
サラリーマン風で、片方は酷く酔っている。
その男と少年の肩がぶつかる。
「いってぇ〜〜〜〜っ!」
元々ふらついていたため、軽い接触でも吹き飛ぶように倒れ込む男。
しばらく痛みに悶えた後、肩を押さえながら勢いよく立ち上がる。
「おいコラ! くそガキっ!」
男に怒鳴られ、少年はゆっくりと振り返る。
「ぶつかっといて、スミマセンもなしかっ!? ああっ!?」
男はまくしたてながら詰め寄り、少年の真っ赤なジャケットの襟を掴む。
「おいよせって! ゴメンな兄ちゃん。こいつ酔っててよ」
もう一人の男が静止するが、酔っぱらいはその程度では止まらない。
「こういう大人を舐めてるガキはなぁっ! いっかい痛い目に……」
少年が酔っぱらいの男の手にそっと触れ、小さくなにかを呟く。
次の瞬間──
「あ?」
男の鼻から血が零れる。
「なんだ……? 鼻血……止まらなっ!?」
ボタボタと異常な量の血が鼻から零れる。
酔っぱらいの男は両手で鼻を押さえて、膝を折る。
「おい大丈夫か!?」
もう一人の男も屈んで心配そうに様子を見る。
両手で押さえられていてもなお、鼻血は指の隙間から溢れてアスファルトに伝う。
少年はそれを冷ややかに見下ろし、踵を返す。
また鼻歌を奏でて、夜の新宿通りを歩いて行った。




