第六十三話『青春の終わり』
熊本から帰った翌日。
喬示は朝から千代田区の病院に来ていた。
拝揖院の運営する祝由病院、その地下にある拝揖院関係者専用の特別病棟の一室。
その部屋に一つだけのベッドに愛生が眠っていた。
腕に駆血帯を巻かれ、翼状針を刺され血を抜き取られている。
彼女の体内では常に禍霊の血が生成されており、これに身体が拒絶反応を起こしているためだ。
「純礼」
ベッドの前に置かれた椅子に座る純礼に喬示は声をかける。
彼女はベッドに眠る母の痛々しい姿を無言で見つめている。
「悪かった。愛生さん、助けられなかった」
喬示の言葉に純礼は背を向けたまま。
喬示はしばらくそれを見つめたあと、病室を後にしようとする。
「喬示お兄ちゃん……」
純礼が掠れた声で喬示を呼ぶ。
喬示は足を止め、振り返る。
「お母さんをこんな風にしたのは寄処禍なの?」
「そうだろうな」
「私……禍隊に入る。禍隊に入って強くなって……お母さんをこんな風にした寄処禍を捕まえる」
肩を震わせながら言葉を紡ぐ純礼。
喬示はそっと歩み寄り、純礼の頭に優しく手を置く。
「そうだな。俺ももっと強くなるよ」
純礼と別れ、祝由病院を後にした喬示は、そのまま拝揖院本部へ。
第二部隊隊長就任の内示を受けるためだ。
禍霊対策局の部隊長になる条件は主に二つ。
掛祀禍終を習得していることと、隊長位に空きがあること。
喬示は一夜にして両方の条件をクリアしている。
嵯峨野憶人と國井涼は死亡。
早蕨愛生は意識不明の重体で槻舘怜也は行方知れず。
現状の第二部隊は壊滅状態にある。
喬示はこれから、その壊滅状態にある部隊を隊長として立て直さなければならない。
局長室までの道のりを一人で静かに行く。
茶化してくる涼も、それに乗っかる怜也もいない。
局長室の前までたどり着き、腕を伸ばす。
少し間をおいたあと、三回扉をノックした。
☆
「と、まぁこういう訳だ」
ソファに深く腰を下ろして、足を組んだ状態の喬示が言う。
対面には天平と純礼と夏鳴太。
夏休み最終日の今日、事務所に呼び出され五年前の事件についての話を聞かされていた。
「は〜なんか凄い話だったな〜」
天平は感心したように言うと、冷めきったコーヒーを一気に飲み干す。
「晶さんって、隊長が名付け親だったんですね」
「まぁな。事件の後で矯正施設行きになって、出てきたとこを俺が第二に引き取ったんだ」
「槻舘って人はどないなったんすか? 死んでへんのでしょ」
「分からねえ。致死量の血痕はあったが遺体は見つからなかった。扱いとしては今も行方不明だ」
「長屋崩って人については?」
「一年くらいかけて捜査したが、手掛かりなし。他の案件に埋もれていって今に至るって感じだな。俺以外はもう名前も忘れてんじゃねえか。そもそもなにをやってる奴なのかも分からなかったしな」
「それが今回の件で多少は分かったゆうことすね」
「ああ。蠱業物持ちや癲恐禍霊まで所属してる殃祚って組織の頭領と思しき男。それが長屋崩だ。前回よりは本格的な捜査になるだろうな」
「今の話を聞く限りだと……」
黙って三人の会話を聞いていた純礼が口を開く。
「私の母に危害を加えた寄処禍は殃祚の構成員ということですよね」
「……まぁ、そうなるだろうな」
「長屋崩という男について、なぜ当時教えてくれなかったんですか?」
「当時のお前は拝揖院の人間じゃないだろ」
「入った後でも教えてくれていません」
「教えてどうする。その時には捜査は打ち切られてんだ。一人で勝手に捜査するつもりか?」
「……」
険悪な雰囲気に包まれる事務所。
天平は気まずそうな表情。
ふと夏鳴太に目をやると、口パクで「なんとかせえ」と伝えてくる。
「ま、まぁ、今回の件で殃祚って組織の人間だって分かったんだから、かなり前進じゃない。これから殃祚について捜査が始まるんですよね? 隊長」
「ああ」
「なら、純礼ちゃんのお母さんをあんな風にした寄処禍だって見つかるよ! 俺らも協力するし! なあ夏鳴太!」
「せやな」
「……そうね。ありがとう」
微笑んで言葉を返す純礼。
険悪な雰囲気は薄れ、天平は安堵の溜息を吐く。
「捜査いうたら、俺が捕まえた独楽野郎からはなんか情報取れたんすか? なんや尋問の達人がおるんでしたっけ」
「ああ、それだが……」
喬示がソファに沈み込みながら、溜息を吐く。
「まず尋問の達人ってのは異却囹の署長のことだが、人の心を読む能力を持ってる。だから尋問が上手いってのは違う」
「なるほど。心が読めるなら嘘ついても黙秘しても無駄ですね」
「そうだ。だが独楽野郎に関しては心が読めなかったらしい」
「そんな事があるんすか」
「俺も詳しくはねえが、読心対策の術があるらしい。それがかけられてるんだとよ」
「それはつまり……」
純粋が顎に手を当て呟く。
「長屋崩は異却囹の署長についての情報を持っているという事ですね」
「ああ。嵯峨野に聞いたのか、他に伝手があるのか。いずれにせよ拝揖院の内情について詳しいみてえだな。おまけに読心対策の術を使えるような霊能者だ」
喬示はそう言って再び溜息。
「ま、長屋崩本人を見つけ出さなきゃどうにもならねえってことだ」
そこで話は終わり、純礼はこの後、任務があるため先に帰り、事務所には三人が残された。
「純礼のお袋さんがそんな状態やとは知らんかったわ。お前は知っとったん?」
「うん。でもお父さんまで亡くなってたのは知らなかった」
「親父さんの死から立て続けだったからなあ」
喬示は立ち上がり、窓際にある自分のデスクに向かう。
「アイツは心身ともに強い奴だが、抱え込みがちなところがあるからな。お前らで支えてやってくれ」
「はい」
天平はそう返すと、夏鳴太とともに事務所を後にする。
一人残された喬示は椅子の背もたれにもたれかかり、ぼーっと天井を見上げていた。
「もう五年か……」
そうひとりごち、デスクに置かれた写真立てに視線をやる。
いつにどういう経緯で撮ったのかも覚えていない自分と怜也と涼の三人が写った写真。
しばらくそれを無言で見つめ、椅子を回して窓の外に視線をやる。
行き合いの空を、ただじっと見つめていた。




