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眾禍祓除 SHU-KA-FUTSU-JO  作者: タカノ
第四章
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第六十二話『真新しき月』

「涼……」


 喬示の視線は嵯峨野ではなく涼に向けられている。

 横たわる涼の元へ歩み寄ると、刀を投げ捨て、屈んで腕で抱き寄せる。


「涼!」


「喬……示?」


 涼がうっすらと目を開く。

 

「喬示……私……」


「喋るな。すぐに病院連れていってやる」 


「さっき……ね」


「喋んなって」


「こんな奴が……彼氏とかありえないからって言ったけど……本心じゃないから」


「今そんな話してる場合じゃねえだろ」


「私……本当はアンタの……こと……」


「涼? おい! 涼!」


 うっすらと開いていた目を閉じ黙り込む涼の身体を揺らしながら、喬示が彼女の名を叫ぶ。


「残念だよ」


 喬示と涼のやり取りを黙って見ていた嵯峨野が口を開く。


「俺だって部下を手にかけたくはなかった」


「……今さらなんの言い訳だ? 裏切り者のクソ野郎が」


「裏切り者か……」


 喬示の言葉に、嵯峨野は静かな口調で応える。


「まぁ、お前からすればそうだろう。別に弁明するつもりもない」


「聞く気もねえよ」


 吐き捨て、嵯峨野を睨みつける喬示。

 その彼に向かって、無数の瓦礫がひとりでに浮かび上がり、飛来する。


「"翳月"」


 喬示は憑霊術を発動し、漆黒の靄を纏う。

 その直後に喬示に瓦礫が激突するが、漆黒の靄に呑み込まれるように消え去る。


「"ばくの律"」


 嵯峨野が新たな律を付与する。

 これは太陽光を死の光に変える能力を元にしたもの。

 掛祀禍終によって昇った太陽の発する光を浴びた者を死に至らしめる避けようのない万死の法則。


「なんだよ?」


 しかし、喬示はなんの影響も受けない。


「やはり、これでも駄目か」


 付与できる律は掛祀禍終の発動一度につき、それぞれ一度だけ。

 さらに制限時間もあり、式微神籬のせいで大幅に短縮されている。

 そのため喬示との戦いを見据え温存していたが無駄だったようだ。

 喬示が普通の人間と同じように目でものを見ている以上、光は受け入れていることになる。

 故に嵯峨野はこの律であれば殺せると考えたが、そうはならなかった。

 さらに言えば喬示はいま、靄を纏った状態で涼を抱き寄せているが、彼女が消え去るようなことはない。

 これは翳月の靄を纏っている状態の喬示が持つ特性によるものだ。


 地球照と呼ばれる現象がある。

 地球が反射する太陽光が、月の欠けて暗くなっている部分を照らす現象だ。

 新月の場合、地球から月は見えないが、月からは反射光が最大になり、その姿がはっきりと見える。

 満地球と呼ばれるこれは、地球から見る満月の七十倍も明るいとされる。


 地球からは月は見えないが、月からは見える。


 新月と地球のこの一方的な関係性は喬示と、それを取り巻くすべてにも当てはまる。

 例えば光なら、光の側から喬示には触れられないが、喬示の側からなら光に触れられる。

 そしてその際に、消し去るものと消し去らないものを恣意的に選別している。

 被曝の律でいえば、この世界における光の持つ視神経から脳へと通じて像を認識させる作用と、浴びた者を死に至らしめる作用のうち、前者は受け入れ、後者は拒絶しているのだ。


 誰も喬示に触れることは出来ないが、喬示は触れることが出来る。


 この特性により喬示はなんの不便もなく絶大な防御能力を発揮できる。

 とはいえ、無敵という訳ではない。

 井が蝶翅蛾落の力でそうしたように、そもそも靄を纏わせない。

 あるいは翳月の能力そのものを封じる。

 そうした手段で無力化することは可能だ。

 そして嵯峨野も喬示の防御を破る手段を持っている。


「なにをしたのか知らねえが、どうせ空間ごと裂くしかねえだろ?」 


 喬示は涼をそっと床に寝かせてから立ち上がり、嵯峨野に向けて踏み出す。

 彼は嵯峨野が自分を殺す為に行使する手段に予想がついている。

 空間切断。

 空間を裂くことで、その空間内にあるものもまとめて斬り裂く。

 防御不能な強力な攻撃で、これなら喬示を殺すことが出来る。

 しかし、この攻撃を放つには空間を指定する必要があり、そしてその際に空間にノイズが走る。

 これを知ってさえいれば、防御は不可能でも回避は難しくない。

 

「デカい欠点だよなぁ。あのノイズ」


 挑発的な物言いに、嵯峨野は苦笑する。


「確かにそうだ。だが欠点というものは克服するためにある。そうだろう?」


 被曝の律が終わり、新たな法則が世界を支配する。


「"迅速の律"」


 次の瞬間、喬示の身体が腰から両断される。

 下半身は立ち尽くしたまま、上半身だけが地面に倒れ込む。

 迅速の律は、あらゆる行動における過程を省略する能力を元にしている。

 嵯峨野はこの律を自分に適用し、その力で空間切断における空間を指定するという過程を省略した。

 当然、空間にノイズも走らない。

 それにより、喬示は反応することすら出来ずに両断され死に至った。


「流石の俺も、部下を真っ二つにするのは心が痛むが……お前はこれ以外では殺せそうにないからな」


 涼の傍らに倒れ込む喬示の上半身を見つめ、嵯峨野は誰に聞かせるでもない弁明をする。


──さて。後は怜也を探してトドメを刺すか。


 喬示と涼の死体から目をそらす。

 その時──


「"ぼう"」


 既に死んでいる筈の喬示の口が動いた。


「──っ!?」


 不意に喬示の声が聞こえ、嵯峨野は即座に視線を戻す。

 立ち尽くしたままの喬示の下半身。

 その上半身があった場所に漆黒の靄が立ち込め、晴れると──


「馬鹿な……!」


 傷一つない、喬示が現れた。

 彼は光のない虚ろな目で、涼の傍らに倒れ込んでいる自分の死体(・・・・・)を見る。

 次の瞬間、喬示の身体が消え去る。

 嵯峨野が喬示のいる空間を丸ごと抉り取ったのだ。

 それにより、喬示は跡形もなく消失。  

 しかし、虚空に靄が現れると、それが徐々に人の形を成していく。

 靄が晴れると、やはり喬示が現れた。


「……!」


 愕然とする嵯峨野。

 望は喬示の生命活動が著しく阻害された場合に自動的に発動する蘇生能力。

 喬示も今の今まで、こんな能力があるとは知らなかった。

 なにせ死んだのは今日が初めてだ。


「……どういうつもりかと、旅館で聞いたな」


 勝ち目が潰えたことを悟った嵯峨野は、目的を喬示を殺すことから勧誘に切り替える。

 無様だが、命あっての物種だ。

 しかし、肝心の喬示は相変わらず光のない虚ろな目で、靄になって消え失せる自分の死体を見ている。

 やがて視線を嵯峨野に戻すが、話を聞いてはいない。


「割に合わないと思ったことはないか? 徒労だと思ったことは? 寄処禍として禍霊と戦い続けることにだ」


──自分の死体を見ちまったぜ。なんかこういうのあったよな。なんだっけ……アレ。


「禍霊を祓っても社会には認知されない。誰も感謝しない。人知れず戦い、傷ついて、最悪死ぬ。その禍霊は人間が生きて死ぬ限りは次々に現れる。名声もなにも得られない無私の戦いを延々と続けることになる」


──あー……アレだ。スワンプマンだ。自分が死んだ瞬間に、自分と同じ姿や記憶を持った人間が誕生したとして、それは自分だと言えるかどうかっつー……


「俺はもう心底うんざりしていた。そんな中で虫籠の前の頭領に出くわした。力を悪用して金を稼いで楽しく生きている奴だった。無性に腹が立って、殺して組織を乗っ取ってやった」


──別に俺は俺だよな。このクソ野郎にはムカついてるし、涼が死んだのはショックだし、愛生さんも心配だ……純礼も。ああ、でもなんか、感情に靄がかかってるような……


「勘違いするなよ? 別に力を使って金儲けをしたい訳じゃない。褒められたい訳でも認められたい訳でもない。ほとほと疲れ果てたんだ。終わりの見えない禍霊との戦いに」


──まぁ自分のことは良い。まずはこいつを……ブチ殺す!


「だが、ある男と出歩い、その終わりの見えない戦いに……」


 そこで嵯峨野は言葉を止める。

 喬示が右腕を上に伸ばし、刀印を組んだ姿を見て。


「"かけつい"──"宵闇よいやみ夜霞よがすみ翳月かげづき"」


 間世に決して訪れる筈のないもの。

 朝と夜。

 その朝を塗りつぶし夜が来る。

 空が漆黒の闇に覆われる。

 喬示の背後には巨大な仏像。

 全身が漆黒で顔の無い禍々しい仏像だ。


「習得したか……。死の間際どころか、死んだのだからな」


 苦笑する嵯峨野。

 敗北と死を受け入れているようだ。 

 彼の身体が夜の闇に溶けるように、消えていく。


ながなだれという名前を覚えておけ。いずれ会う日も来るだろう」


「ああ?」


 嵯峨野はその言葉を最後に、完全に夜の闇に消えた。

 喬示はしばらく立ち尽くした後で、両手を叩く。

 現世に戻り、涼を抱きかかえる。

 それと同時にけたたましいプロペラ音を響かせながら、ヘリコプターが飛んできた。

 探照灯サーチライトが喬示を照らす。

 拝揖院の救援だ。

 喬示は眩しそうに目を細めながら、じっと上空のヘリを見上げていた。

 

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