第六十一話『世界法則』
「"千年鷹"」
「"真澄兎"」
怜也と涼も憑霊術を発動。
裂けていく空間から距離を取る。
「行っけー!」
子ウサギたちが駆ける。
次第に澄み渡って、やがて完全に透明に。
霊気による探知も不可能なステルス性能を以って嵯峨野に接近。
そのまま一斉に攻撃を仕掛けるが、
「無駄だ。知っているだろ」
子ウサギたちの攻撃は嵯峨野には届かない。
彼は自身を空間の断層で囲うことで絶大な防御能力を発揮している。
彼が空間断絶防御と呼ぶこれを破るには空間を突き破るような、通常の攻撃とは一線を画すような力が必要になる。
「"千年鷹・穹窮翼"」
怜也が右腕を横に伸ばし、抖擻発動。
天井を突き破り、黄金に輝く巨大な翼が出現。
虚空に三列風切の部分から生えている翼は、怜也の右腕に連動して動く。
「隊長の防御は喬示のとは違い、破壊力さえあれば破れる。この翼は際限なく破壊力を上げる。いずれ空間さえ破りますよ」
怜也の言葉に、嵯峨野は不敵な笑みを浮かべる。
「それまでに生きていられると思うのか?」
嵯峨野は両腕を前に伸ばし、手の平を上下に合わせる。
「"界清・周匝"──"麋角解"」
嵯峨野が抖擻発動を行う。
次の瞬間、周囲を季節外れの寒気と雪が覆う。
この抖擻発動は空間を区切り、その中の環境を改変するというもの。
そしてその環境下にある物を嵯峨野は自由に操れる。
「こちらも翼にしよう」
大量の雪がひとりでに持ち上がり、翼を象る。
黄金の翼と大雪の翼がぶつかり合う。
その衝撃でロビーの壁が崩れる。
最初は拮抗していたが、時間経過とともに力を増していく黄金の翼が押し始める。
「ふん」
嵯峨野はさらに雪を持ち上げ、新たな大雪の翼を作り上げる。
「悪いが、俺は複数作れる」
嵯峨野はそう言うと、新たな翼を怜也めがけて振り下ろそうとする。
しかし次の瞬間、
「ドーン!」
大雪の翼が派手に弾ける。
不可視の子ウサギたちが突撃したのだ。
「鬱陶しい」
嵯峨野は両の手の平を上に向け、なにかを持ち上げるように動かす。
すると空間内の地面に積もった雪がすべて浮かび、天井全面を押し上げ崩落させる。
「潰れろ」
嵯峨野が手の平を下に向け、下げる。
それと同時に、上空を完全に覆う程の大量の雪が落下。
「ちょ!」
「くっ!」
さながら空から降り注ぐ雪崩。
怜也は翼で自分と涼を守る。
そこに大量の雪が凄まじい勢いで降り注ぐ。
黄金の翼は容易く押し潰され、轟音を響かせる。
「これくらいでは死なんだろう?」
嵯峨野が問いかけるが、答えは返ってこない。
高く積もった雪で二人の姿も確認できない。
「雪が邪魔だな」
自分でやっておいて、そんなことを言う嵯峨野。
再び両腕を前に伸ばし、手の平を上下に合わせる。
「"界清・周匝"──"土潤溽暑"」
今までとは打って変わって空間内を強烈な熱気が支配する。
積もった雪が一瞬で溶けるほどだ。
「ぐっ……」
「ううっ……」
のしかかっていた雪が消えたことで怜也と涼は起き上がる。
しかし今度はうだるような暑さが二人を襲う。
「このっ!」
汗を飛ばしながら、怜也が腕を振るう。
それに連動し、黄金の翼が嵯峨野を襲う。
嵯峨野はそれを空間移動で回避。
空間断絶防御に任せなかったのは怜也も言っていた通り、この翼は際限なく破壊力を上げるため。
いずれは空間断絶防御を破るが、そのいずれがいつなのかは嵯峨野には分からない。
そのため回避したほうがリスクがないと判断したのだ。
空間移動した先に涼が子ウサギをけしかける。
攻撃は通らないが、少しでも意識を怜也の攻撃から逸らすためだ。
「無駄なことだ」
しかし嵯峨野は意にも介さない。
翼による攻撃を空間移動で回避し続ける。
「どうした? 辛そうだな」
しばらくそれを続けていると、不意に嵯峨野が口を開く。
その視線の先には涼。
ふらふらと今にも倒れそうな状況だ。
その原因は熱射病。
熱射病は熱中症のもっとも重篤な症状であり、体温調節機能が破綻した状態だ。
痙攣・目眩・頭痛・吐き気。
さらに意識障害を起こし、最悪の場合は死に至る。
寄処禍であるため、普通の人間よりは長時間その状態でも耐えられるが、限界はある。
そしてその限界は、そう遠くはなさそうだ。
「涼さん……!」
怜也が気遣わしげに涼を見る。
彼は千年鷹の能力で暑さへの耐性や体温調節機能までもが向上し続けているため、この環境も問題にならない。
「人の心配をしている場合か?」
「っ!?」
怜也のそばの空間が歪み、捩じれ裂ける。
その巻き添えを食うかたちで、怜也の肩が裂ける。
千年鷹の能力で皮膚の硬度も向上し続けているが、空間ごと裂かれてしまってはどうしようもない。
「くそっ!」
咄嗟に飛び退く怜也。
腕が落ちるのは防いだが、左肩から脇にかけて派手に傷を負ってしまった。
「怜……也」
自身のそばまで飛び退いてきた怜也に涼が小声で声をかける。
「とっておきの……新技があるんだ。隙……を……作って」
「……分かりました」
怜也は一瞬だけ考えたが、涼を信頼して返事をする。
そのまま嵯峨野に攻撃を始める。
「ふーっ」
涼は息を吐き、精神を集中させ、両腕を前に伸ばし、手を合わせる。
「"真澄兎・透徹玉"」
数匹の子ウサギが空中に押しくら饅頭のように寄り添う形で出現する。
それは球形にまとまると、やがて透き通っていく。
通常の透明化とは違い、存在そのものも消えていく。
ただし質量だけは残される。
それによって出来上がるのは言うなれば球状の質量とでも呼ぶべきもの。
形はないが、質量はある。
それが涼が最近になって編み出した新たな抖擻発動──透徹玉。
透徹玉になにかが触れた場合、触れた側にだけ一方的に負荷がかかる。
なぜなら透徹玉には質量はあっても形はないから。
負荷のかかる実体が存在しないのだ。
それが指向性を持って高速で射出された場合、軌道上にあるものすべてを吹き飛ばす無敵の砲弾と化す。
「行っ……けー!」
「──っ!?」
涼から放たれるなにか。
それを察知した嵯峨野は空間移動。
これまでの戦闘経験で培った勘が、この攻撃は空間断絶防御では防げないと判断したのだ。
しかし──
「流石……ですね。喬示のバカなら……間抜けヅラで受けたろうに。でも──それも読んでますよ」
「なんっ!?」
涼の右斜め後ろ。
そこに移動した嵯峨野を、透徹玉が襲う。
涼は嵯峨野が空間移動で回避することと、その移動先を読んで、その方向に透徹玉を放っていた。
「癖です……よね。右……斜め後ろ……に移動するの。真後ろは相手も……一番警戒してるからって」
「ぐ……おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
空間断絶防御が破られる。
嵯峨野を守る空間の断層、それさえも突き破り、透徹玉は嵯峨野を捉える。
「がああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっー!」
絶叫をあげる嵯峨野。
空間移動で逃れようとするが凄まじい衝撃と痛みで、能力の発動に意識が割けない。
そのままホテルの壁をすべて突き破り、尚も止まらず裏山の山肌を抉り取りながら吹き飛ぶ。
「はぁ……はぁ……」
透徹玉を解除し、膝に手を当てて呼吸を回復させる涼。
熱気の空間は解除されたが、熱射病のダメージは残っている。
「凄い技ですね……」
派手に抉り取られた透徹玉の軌跡を見ながら、怜也が感心したように言う。
「へへっ。でしょ。まさか最初に使う相手が隊長になるとは思わなかったけど」
「本当に大した技だ」
「──っ!?」
聞こえてきた嵯峨野の声に二人は瞬時に反応。
「ここまでのダメージは想定外だ」
空間移動で戻ってきた嵯峨野。
全身が血に塗れ、大きなダメージを負っているのが分かる。
「タフ……だなぁ!」
涼と怜也が攻撃を繰り出そうとする。
しかしそれより速く、
「"掛祀禍終"──"西暹昧爽界清"」
右手で刀印を組んだ嵯峨野が憑霊術の極致たる秘技を発動した。
間世の空が朝焼けに染まる。
瞬く間に青空が広がり、その空に擬神が現れる。
ニワトリの身体に首から上は牡蠣。
固く閉ざされた殻の上部には燃えるような真っ赤な鶏冠。
極めて奇妙な姿をしたその擬神は、翼を閉じたまま宙に浮いている。
「"弑逆礼法・式微神籬"」
怜也がすぐさま神殺しの結界を張る。
その足元の床が競り上がる。
さらに周囲の瓦礫が浮き上がり、怜也を四方八方から押し潰そうとする。
これが嵯峨野の掛祀禍終の能力。
広がる朝の範囲内の非生物を手足の如くに操れる。
「ふっ!」
怜也は翼を振るい、瓦礫をすべて破壊する。
「お前たちには、こいつの真の能力は教えていない」
「真の能力?」
「"腐食の律"」
擬神の頭部の牡蠣。
固く閉ざされている殻が開き、中から真珠が飛び出ると、次の瞬間には弾けて消えた。
「なんだ?」
怜也は全身の皮膚に違和感を覚える。
「うあああっ!」
「涼さん?」
涼に視線を移す怜也。
彼女はうずくまり、苦悶の声を漏らす。
怜也は駆け寄り、彼女の状態を確認する。
涼の全身の皮膚がジューッと音を立てながら焼け爛れている。
「西暹昧爽界清の能力は、一つの世界を作り出すことだ」
見下すような目つきで怜也と涼を見る嵯峨野が口を開く。
「俺はその世界を支配する訳だが、それプラス、新たな法則を付与できる」
「法則?」
「そう。西から太陽が昇るが如く、現実世界とは異なる法則。俺は律と呼んでいる。界清の力で殺すか祓うかした寄処禍や禍霊の能力を抽出し、それを律として世界に付与する」
嵯峨野の説明に怜也は顔を顰める。
「いま付与しているのは腐食の律。俺が昔に祓った酸を操る癲恐禍霊の力を付与したものだ。それが世界法則として機能し、お前らに化学的腐食を引き起こしている訳だ」
その言葉に怜也は再び涼を見る。
今この瞬間にも彼女の皮膚は化学的腐食──つまりは火傷──を負い続けている。
「しかしお前には効きが悪いな。皮膚の防御機能も向上し続けているからか。厄介な能力だ」
「こっちの台詞ですよ!」
怜也が踏み込む。
「ならこれだ。"賭尽の律"」
再び牡蠣から真珠が取り出され、世界の法則が切り替わる。
空中に蜘蛛の巣が出現する。
「これは……」
「トドメを刺さなかったろう? 代わりにやっておいたぞ」
嵯峨野は一旦アジトに来た後で、再び旅館に戻り、拘束された状態で放置されていたクモを殺害し、能力を抽出していた。
──これなら問題ない。運気はもうかなり上昇してる。
怜也が一気に駆け出す。
腕を振り上げ、下ろすと、連動した黄金の翼が嵯峨野に襲いかかる。
「言い忘れていたが」
わざとらしい口振りの嵯峨野。
「律が適用されるのは俺か俺以外。いま適用されているのは俺以外。つまり、蛛籤の能力対象はお前たち二人だけだ」
嵯峨野が言い終わるのと同時に翼が当たる。
「ああああああああああああああああああああああああああああっ!」
次の瞬間には涼が絶叫を上げて吹き飛ぶ。
蛛籤の能力対象が怜也と涼の二人だけな以上、片方の攻撃は必ずもう片方に押し付けられる。
「涼さ……」
「よそ見をするな」
「っ! があああああああああああああああああああああっ!」
空間が捩じれ裂けて、怜也もその巻き添えを食らう。
胸元が抉れ、派手に血が飛び散る。
嵯峨野はさらに瓦礫を圧縮し、それを怜也にぶち当てる。
それにより怜也は吹き飛んでいった。
「終わりだ」
嵯峨野は視線を涼に。
怜也の攻撃を押し付けられた彼女は、力なく倒れ込んでいる。
これまでのダメージも含めて瀕死の状態。
嵯峨野が手を下すまでもなく、いずれ死に至るだろう。
それでも手ずから葬るべく、涼へ向け踏み出す。
しかし次の瞬間にはピタリと止まる。
「……本当に役に立たない連中だ」
溜息を吐き、視線を涼から別の場所へ。
そこには、こちらへゆっくりと歩いてくる喬示がいた。




