第六十話『ウサミミガチファイター』
南阿蘇村のコンビニエンスストア。
村内に一店舗だけのこの店は不良少年たちの溜り場となっており、それは不要不急の外出を自粛するよう御触れが出ている昨今の状況でも変わらない。
「よう。ちょっと良いか?」
喬示はその不良少年たちにゆったりとした足取りで近づき、そう声をかけた。
「あ? なんだてめ……」
リーダー格らしき少年が威嚇めいた返答をしようとするが、喬示の姿を見てぎょっとする。
ズタボロの学ランに、血こそ止まっているが派手に斬り裂かれた胸。
さらに左手には日本刀。
「お、おい! 大丈夫かお前!」
狼狽えながら、こちらの身を案じてくる少年たちを見て、そう悪い奴らではなさそうだと思う喬示。
「救急車呼ぶか!? それか警察か!?」
「それには及ばねえよ」
少年の申し出に、喬示は右手をかざして断りを入れる。
「それより、この原付き誰のだ?」
「俺のだけど……」
手前に停められている鍵の差しっぱなしにされた原動機付自転車を指差して喬示が言うと、持ち主の少年が答える。
「これ、新しく買うとなるといくらくらいだ?」
「ああ? ……十五万くらいじゃねえか?」
「なんか特別な思い入れとかあるか? 誰かの形見とか」
「いやねえけど……」
「そうか。んじゃ、貰っていくぜ」
「はあ!? おいコラ……うおっ!?」
一瞬でキレて掴みかかろうとしてくる少年に、喬示はなにかを投げ渡す。
それは腕時計。
「それ売って、買い直してくれ」
「ふざけてんじゃ……え? ロレックス? 本物?」
ロレックスを手に困惑する少年を尻目に、喬示は原付きのエンジンを掛ける。
そしてそのまま、夜の闇に消えていった。
☆
一方の涼たちは目的地の廃ホテルに到着。
涼は車を廃ホテルを見上げる坂のふもとに停める。
「そんじゃ行こっか。晶ちゃんは車で待っててね」
「アタシも行く!」
「君は今、拝揖院に保護されている民間人という立場だから、戦わせる訳にはいかないよ」
「でもっ……!」
「だいじょーぶ! 私たち強いし。隊長相手でも負けないよ」
「喬示も直に来るだろうしね」
「そうそう。だから晶ちゃんはここで帰りを待っててよ」
「……分かった」
晶を説得し、怜也と涼は車を降りる。
坂道を上ると、二つのものが目に入った。
一つはホテルの外観。
夜の闇の中でも存在を主張する特徴的な赤い三角屋根。
もう一つは、そのホテルの正面入口前にある車寄せ。
そこに佇む一人の男だ。
「"蜂夥陋"」
佇む男──ハチは怜也たちを見た瞬間に憑霊術を発動。
それを見た怜也と涼は歩く足を止める。
「いきなり?」
「禍仕分手」
顔を顰める涼と、両手を叩く怜也。
周囲が夜から夕暮れに変わり、二人の目にある物が映る。
「蜂の巣?」
それは宙に浮かぶ大ぶりな蜂の巣。
そこから、けたたましい羽音を響かせながら大量の蜂が飛び出してくる。
「"真澄兎"」
「"千年鷹"」
涼と怜也も憑霊術を発動。
涼の足元には無数の子ウサギが出現。
怜也は黄金の光を発生させ、全身に纏う。
「行っけー!」
涼の号令で子ウサギたちが突撃。
それを無数の蜂が迎撃する。
飛び跳ねる子ウサギたちに蜂たちが針を刺す。
すると子ウサギたちは力なく倒れ込み、微動だにしなくなる。
「毒か……。スキンヘッドの彼がナイフに塗っていた毒はあの蜂のみたいだね」
「よくもウチの子たちをー!」
冷静に相手の能力を分析する怜也の隣で、涼は怒髪衝天。
新たな子ウサギたちを足元に生み出し、再び突撃させる。
「何度やっても同じ……!?」
ハチの表情が驚きと困惑に染まる。
飛び跳ねる数匹の子ウサギ。
その姿が次第に薄くなっていき、やがて完全に見えなくなったのだ。
──透明化? くそっ! 霊気を──
「ぶっ!?」
子ウサギの発する霊気を頼りに探知しようとするハチ。
その頬をまるで蹴られたような衝撃が襲う。
「ぐっ! ばっ! ごぺっ!?」
透明化した子ウサギたちによる集団暴行に奇怪なうめき声をあげるハチ。
「このっ……!」
子ウサギたちに反撃しようとするハチ。
しかし霊気を感じられず、居場所が分からない。
「霊気で居場所当てようとしても無駄だよーだ! ウチの子たちは完全ステルス性能持ちだから!」
得意気な涼。
それに対しハチは舌打ち。
「ならお前を直接殺す!」
涼に向かって蜂が飛ぶ。
「させないよ」
それを怜也が素手で掴み、握りつぶしていく。
千年鷹の能力により向上し続けている動体視力と敏捷性によって次々と蜂を掴み、握り潰す。
蜂が毒針を刺そうとしても、皮膚の硬度も上がり続けているため、針が刺さらない。
蜂の対処を怜也に任せ、涼はハチに突っ込む。
「ちっ!」
ハチは怜也に蜂をけしかけつつ、涼と肉弾戦を行う。
「よっ! ほっ!」
「ぐうっ!」
涼が拳や蹴りを打ち込む。
肉弾戦の技術は涼の方が上。
さらには不可視の子ウサギもいる。
四方八方から殴打を浴びる。
「ぐっ! がっ! ごはっ!」
一方的に痛めつけられ血を吐くハチ。
しかし、やられっぱなしではない。
「"蜂夥陋・擲身炮"」
熱殺蜂球と呼ばれるミツバチたちの捨て身の集団防衛行動がある。
ミツバチたちが外敵であるスズメバチを取り囲み、胸の筋肉や翅を振動させることで温度を上げて蒸し殺すというものだ。
この抖擻発動はそれを模しているが、決定的に違うのは温度。
熱殺蜂球の温度は五十度にも届かないが蜂夥陋のそれは千度にまで達する。
蒸し殺すのではなく、焼き殺す。
それが蜂夥陋の熱殺蜂球だ。
無数の蜂が寄り添い、翅を鳴動させる。
次第に煙が上がり、遂に発火。
燃え盛る火の玉となって、涼や怜也に降り注ぐ。
「うわっと!」
涼と怜也は降り注ぐ火の玉を回避。
落下した火の玉は爆ぜて炎を撒き散らす。
二人が炎の対処に追われる中、ハチは次の一手を打つ。
「"蜂夥陋・似我鳴"」
蜂たちが一斉にジィージィーと鳴き出す。
「うるさっ!」
たまらず耳を押さえる涼。
一方のハチはボコボコと嫌な音を立てながら身体を変形させ、瞬く間に人型の蜂とでも言うべき姿に。
「蜂になった!」
ハチは翅を振動させ高速で低空飛行。
涼へと迫る。
「うお速っ!」
ギリギリで攻撃を回避する涼。
ハチは旋回し、再び迫る。
「こっちも似たようなこと出来るんだよな〜。"真澄兎・白長耳"」
涼の頭部に兎の耳が生える。
次の瞬間には低空飛行で向かってくるハチへ高速で回し蹴りを浴びせた。
「ぶがっ!?」
吹き飛ぶハチ。
この抖擻発動は涼の身体能力を大幅に向上させる。
「くそっ!」
ハチは一旦距離を取ろうと、空高く上昇。
しかしそこに涼がピョーンと跳躍してハチより高い位置で縦方向に一回転。
「うらぁー!」
そのままハチの頭部に踵落としを決める。
ハチは凄まじい勢いで落下。
地面にできた大きなクレーターの中心に意識を失った状態で打ち伏せる。
「よっしゃ!」
「流石です。涼さん」
着地した涼に怜也が歩み寄る。
ハチが気絶したことで能力も解除され、蜂の巣も無数の蜂たちも消え失せている。
涼が手を叩いて現世に帰還。
気を失っているハチをそのままに、ホテルへ侵入する。
エントランスへ踏み入ると、
「愛生さん!」
荒れたエントランスの床。
そこに横たわる一人の女性を見つけた。
拝揖院禍霊対策局第二部隊副隊長、早蕨愛生。
熊本まで来た理由である、その人だ。
「愛生さん! 大丈夫ですか!?」
横たわる愛生に駆け寄る二人。
愛生は意識がなく、全身の皮膚が火傷でも負ったように爛れている。
「早く病院に連れてかないと!」
「そうだね。一回戻って……」
「そんな時間はないぞ」
コツコツと足音を響かせ、奥から一人の男が現れる。
「隊長……」
現れたのは嵯峨野。
スーツのポケットに手を入れたまま、二人に歩み寄る。
「愛生さんになにしたんですか!?」
「俺はなにもしていない」
溜息を吐きながら嵯峨野が答える。
「会話は時間の無駄だろう。彼女を病院に連れて行きたいなら、さっさと俺を殺せばいい」
「……そうしますよ」
静かな口調で返す怜也。
しかしそこには怒りと殺意が滲んでいる。
「やりましょう。涼さん」
「うん……!」
二人が臨戦態勢に入ると、嵯峨野が禍仕分手を発動。
愛生を除く三人が間世に転移される。
愛生が転移されないのは、嵯峨野が空間操作能力を使い、愛生に禍仕分手の音を届かせなかったから。
それはつまり、嵯峨野が既に憑霊術を発動していることを意味する。
「──っ!?」
怜也と涼の間の空間が派手に捩じれ裂ける。
「本気で来いよ。生きるか死ぬかの、瀬戸際だ」




