王女レイアは冒険がしたいみたいです〜自由すぎる王女と魔獣の果樹園〜
「レイアナ殿下、そちらは危険でございます!」
銀の配膳トレーを手にした侍女の声が、翡翠色に輝く果樹園に響く。しかし、その声の主はとうに姿を消していた。
王女レイアナ・マリア・フォン・シュトラウス――通称レイア――は、宮廷の格式ばった昼餐会から堂々と抜け出し、禁断の果樹園へと足を向けていた。ガリツィエン公国の宮殿から徒歩で十分ほどの場所にあるこの果樹園は、魔獣が棲息するとして王族の立ち入りが禁じられている。
「どうせまた『王女らしからぬ』とかなんとか言うんでしょ?」
レイアは翡翠色のドレスの裾をたくし上げながら、果樹園の石垣を軽やかに飛び越える。赤く染めたショートヘアが風になびき、毛先の青みが陽光に煌めく。赤みの強いアンバーの瞳に冒険の光が宿る。
「貴族の昼餐会なんて、同じような顔して同じような話ばっかり。『今日のお天気は』『昨日の舞踏会は』って、もう飽き飽きよ!それより、ここの果実の方がよっぽど興味深いわ」
果樹園に足を踏み入れた途端、甘い香りが鼻をくすぐった。ここには見たこともない果実がたわわに実っている。赤く光る星型の果実、青紫に輝く涙型の実、そして虹色に煌めく球状の果物。
「わあ、これ美味しそう!絶対に宮廷の料理より面白い味がするはずよ」
レイアが手を伸ばした瞬間――
「グルルルル...」
低いうなり声が響いた。振り返ると、毛玉のような小さな魔獣がこちらを見つめている。体長は子犬ほどで、ふわふわの青い毛に覆われ、大きな黄色い目をしている。
「あら、可愛いじゃない。でも私の邪魔をする気?」
「グルル!」
魔獣は警戒するように毛を逆立てる。その瞬間、レイアの赤いアンバーの瞳がキラリと光った。
「ねえ、あなた。私と勝負しない?どうせ退屈してたのでしょ?」
第二章 挑発と追いかけっこ
「グル?」
魔獣は首をかしげる。レイアは腰に手を当て、挑発的な笑みを浮かべた。
「私がここの果実を一つ取れたら私の勝ち。あなたが私を果樹園から追い出せたらあなたの勝ち。どう?公平でしょ?」
「グルルル!」
魔獣は鳴き声で応答すると、素早くレイアの前に立ちはだかった。
「やる気ね!いいわ、受けて立つわよ!貴族のお嬢様たちとは格が違うってところを見せてあげる」
レイアは右に駆け出す。魔獣も負けじと追いかけてくる。思ったより足が速い。
「きゃっ!」
魔獣の小さな牙がドレスの裾を捉えた。レイアは慌てて方向転換し、今度は左の果樹へ向かう。
「あなたなかなかやるじゃない!でも、私を甘く見ちゃダメよ。宮廷で鍛えた身のこなしを侮るなかれ!」
レイアは木の枝を掴んで身軽に登り始める。宮廷の礼儀作法の授業で鍛えられたバランス感覚が役に立った。
「『王女は常に優雅でなければならない』って先生は言うけど、それなら優雅に木登りしてみせるよ!これも立派な王族の嗜みってことにしましょう」
「グルル〜!」
魔獣は地面で悔しそうに鳴いている。レイアは得意げに微笑み、赤い髪を風になびかせた。
「どう?参ったでしょ?」
手を伸ばして虹色の果実に触れようとした瞬間――魔獣が小さく息を吸い込む音が聞こえた。
「え?まさか...」
次の瞬間、魔獣の口から青い光線が発射された。光線は木の枝を直撃し、レイアの足場がぐらぐらと揺れる。
「うわあああ!ちょっと!魔法は反則よ!」
レイアは慌てて別の枝に飛び移る。
「グルル♪」
魔獣は得意げに胸を張る。どうやら「何でもありよ」と言っているらしい。
「生意気ね!それなら私だって本気を出すわよ」
第三章 王女の本気
「よし、それなら私だって!」
レイアは懐から小さな魔法の石を取り出した。ガリツィエン公国の王族に代々伝わる『風の加護』の石だ。
「えーい!王族の力を侮るなかれ!」
石に魔力を込めると、風が巻き起こり、レイアの体が軽やかに宙に浮く。そのまま別の木へと飛び移った。赤い髪が風に舞い踊る。
「どう?私だって魔法くらい使えるのよ!宮廷の退屈な魔法の授業も、こういう時は役に立つじゃない」
「グルルル〜!」
魔獣は負けじと連続で光線を放つ。レイアは風に乗って華麗に回避しながら、果実へと近づいていく。
「もう少し...!この虹色の果実、絶対に誰も知らない味がするはずよ!!」
ついに虹色の果実に手が届く。その瞬間――
「グル〜〜〜」
魔獣が悲しそうに鳴いた。その声に、レイアの手が止まる。
「あれ?どうしたの?まさか泣いてるの?」
よく見ると、魔獣の黄色い目に涙が浮かんでいる。
「もしかして...この果実、あなたの大切なものなの?」
「グル...」
魔獣は小さくうなずく。どうやらこの虹色の果実は、魔獣にとって特別な意味があるらしい。
レイアは赤いアンバーの瞳を細めて考え込んだ。
「うーん...確かに勝負は勝負だけど...」
第四章 意外な優しさ
レイアは手を引っ込めた。
「ごめんなさい。勝負とはいえ、あなたの大切なものを取るのは良くないわね。王族たるもの、弱い者いじめはしないものよ」
木から飛び降り、魔獣に向かって膝をついた。
「仲直りしましょ。私はレイア。でも正式にはレイアナ・マリア・フォン・シュトラウスよ。あなたの名前は?」
「グル!」
魔獣は嬉しそうに鳴くと、レイアの手をぺろりと舐めた。
「くすぐったい!でも、あなたなかなか良い勝負をしてくれたわ。宮廷の連中より面白いじゃない」
レイアは魔獣を抱き上げると、ふわふわの毛を撫でた。
「今度はお菓子でも持ってきてあげる。宮廷の菓子職人の作る焼き菓子、結構美味しいのよ。あなたも食べてみない?」
「グルル♪」
魔獣は嬉しそうに鳴く。
第五章 新しい冒険の始まり
「レイアナ殿下!」
果樹園の入り口から、侍女の心配そうな声が聞こえてくる。
「あら、もうこんな時間?時間が経つのって早いのね」
レイアは立ち上がると、魔獣を地面に下ろした。
「また来るわね。今度は果実を取りに来るんじゃなくて、一緒に遊びに来る。それと、美味しいものも持ってくるから楽しみにしてて」
「グルル♪」
魔獣は嬉しそうに尻尾を振る。
「レイアナ殿下〜!」
「はい、まだ続いております。皆様、レイアナ殿下を探して...」
「あーあ、また『王女らしからぬ行動』って説教されるのね。でも今日は収穫があったから許してあげる」
「収穫、でございますか?」
「新しい友達ができたのよ。それも、とっても面白い子がね。宮廷の退屈な連中とは大違いよ」
レイアは振り返り、翡翠の果樹園を見つめた。きっと魔獣は今頃、虹色の果実を大切そうに見守っているだろう。
「明日は何を持って行こうかしら。やっぱり宮廷の焼き菓子がいいかな?それとも果物の砂糖漬け?」
「レイアナ殿下!」
侍女の悲鳴に、レイアは楽しそうに笑った。赤い髪が夕陽に揺れる。
宮廷の退屈な日常に、また新しい冒険が加わったのだから。
「さあ、帰りましょ。でも明日もまた抜け出すからね〜」
「殿下...」
「心配しないで。王族だって、たまには刺激が必要なのよ。」
レイアナは侍女の腕を取ると、宮殿へと向かって歩き出した。明日の冒険への期待で、赤いアンバーの瞳が輝いている。