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第十章 女王陛下の攻城戦 chapter07

「証人、人定質問を行います。氏名、住所、職業を述べてください」

裁判長の促しに、薫子は澄んだ声で答えた。

「氏名、竜崎薫子。東京都在住。職業は東京地方検察庁検察官です」

「それでは、証人。宣誓をお願いします」

机上に差し出された宣誓書に視線を落とし、薫子は胸に右手を当てた。指先に触れる検察官記章、称して秋霜烈日。秋におりる霜・夏の厳しい日差しを表し、志操の厳しさの象徴である。

傍聴席の視線が一点に集まる中、彼女は落ち着いた声で言った。

「良心に従って真実を述べ、何事も隠さず、偽りを述べないことを誓います」

「以上を記録します。では原告側弁護人、尋問をどうぞ」


葉桜が立ち上がる。

黒いシャツの襟元を指で軽く整え、鋭い眼差しで証言台を見据える。ここから始まるのは、法理と法理の真剣勝負。そして浩志・治が逮捕されてから一年以上に及ぶ「木賊事件」の最終局面だった。

2人は初めて至近距離で向かい合った。高い身長にヒールの九印。見上げる格好の竜崎。両者の発する〝気圧〟が接触し、法廷の雲行きを怪しくしていく。


「竜崎検事。あなたは、本件刑事裁判の過程で、当方に届いた匿名の告発状の存在をご承知のはずです。まずお尋ねします。この告発状には『経産省経由の〝青い封筒〟が取り調べに使われた』と記されています。あなたは、そのような書面……以下、便宜上『青い封筒』と呼びます。この存在を把握していましたか。『把握していた』か『把握していなかった』か、簡潔にお答えください」




前置き無しでいきなり。この躊躇のなさが、元とはいえ第三東京弁護士会副会長・九印葉桜か。




「私は、捜査記録の一部として、そのように呼ばれる文書の存在を確認しています。詳細については職務上の秘密が含まれることから答弁を制限しますが〝青い封筒〟と呼ばれる文書が捜査資料の中にあったことは事実です」

「告発状は、青い封筒が取り調べで被疑者らに示された、と明記しています。さらには公安七課の実験報告書から『小さな改造を前提とする』という記述も抹消された、と。そこで伺います。検察側は、捜査の過程でその文書を参考にする、ないしは取り調べの端緒として利用するような状況があったことを認めますか。単に存在を確認した、ではなく、捜査や取り調べ、起訴判断にあたって実際に『何らかの形で活用された』ことはありましたか」




そこは公判担当検事の関知するところではないの。そして私はそれを証拠請求していない……。




「検察が持つ資料の多くは、捜査にあらゆる形で参照されるのはご存知の通り。法的に申し上げれば、私は青い封筒を最終的な証拠として〝請求しなかった〟と断言します。ただし、捜査段階で情報が捜査官の間で共有され、捜査の方向性に影響を与える可能性があったことは否定できません」

「では次に伺います。検察がその青い封筒の性質や出所を精査するための補充捜査、照会、再調査といった『確認作業』を行いましたか。『した』か『していない』かでお答えください」




補充捜査の有無……当然突いてくる……。




「補充捜査の有無についても、個々の捜査指揮の詳細は捜査機関の内部資料に関わるため、公表できない部分が多々あります。一般論として申し上げれば、文書が提出されてもその信頼性が低ければ補充捜査の対象外とするのは珍しくありません。限られたリソースを確実なものに集中させる、それが実務。既存の確実な証拠に基づいた起訴判断が優先されるのです。私は青い封筒について『証拠請求しない判断』を行いましたが、その判断に至るまでの内部的な照会や検討が行われたか否かは、ここでは答えられません」

「確かに検察の内部手続きを法廷で白日のもとにさらすことは困難でしょう。では、お答えいただける範囲の『事実関係』は、当方の告発状の記載と整合しますか。あなたが信憑性が低いと言った青い封筒の中身です。私が受け取ったこの告発状は、青い封筒の内容——MTS法違反と木賊の企業体質、吸収合併の提言、実験内容の隠蔽と自白の強要——を詳細に書き記しています。これに書かれたとおり、出所不明の青い封筒が公安七課と東京地検によって経済安保の象徴的摘発を狙う材料として使用されたのではありませんか」




——確信した。あなたの狙いは手にした告発状の信頼性を「公判検事の言葉」で補強すること。欲しいのは「告発状と青い封筒の高度な整合性」。




「そちらの告発状に記された記述は、外部から届いた一つの申告です。その存在こそ認識しておりますが、内容と捜査当時の実務が完全に一致するか否かは、ここで断定するのは差し控えます。ただし一部、そう、MTS法違反の可能性や管理体制の甘さなどの指摘については、その通り、書かれていましたが」

「なるほど。『守秘義務』を根拠に、検察官はその不都合な内容を法廷に明かす義務を負わない、という理解でよいですか」




結局は〝壁の前〟に戻ってくる。彼女は『守秘義務』を突破することはできない……。




「守秘義務は職務上の秘密を保護するために厳格です。ある文書が捜査機関の内部資料であれば、その機微は守られるべきです。同時に重要なのは、法廷が公益上の必要性を認めた場合、当該情報の開示をどう扱うかですが……」

「であれば内容の公表を!」




あなたは司法の壁を超えられない。




「私は、職務と良心の間で厳しい判断を迫られました。全ての検察官は、国家国民の生命財産を守る義務を負っています。時に『国家国民』という言葉は抽象的に取られますが、それはたとえば葉桜先生ご自身や、隣の哲也先生かもしれない。もしくは傍聴席にいるいつも賑やかなお嬢さんたちかもしれない。普通に生きる普通の人の、普通の生活を指すのです。仮に木賊の技術が制御を逸すれば、取り返しのつかない被害が生じます。だからこそ我々は、危険を低く見積もるわけにはいきません。そちらの告発状が示す疑義は重く受け止めましたが、私の役割は証拠の信頼性に基づいて裁判で闘うことです。信頼性が低いと言われる資料を『証拠』として使うことは、別の形の不正義を生む。私はその点で、慎重な判断を下しました。私が拠り所としたものは確実な証拠、すなわち調書です」

「検察が『慎重』であるならば、なぜ『補充捜査』をしなかったのか! そこにこそ組織的な過信、あるいは都合の良い端緒の利用といった構図があるのではありませんか? あなたの『証拠請求しなかった』という盾は確かに硬い。しかし説明をすべきだ。青い封筒の中身は何なのか、起訴で果たした役割は何なのかと!」

「本件のように国家の安全と個人の権利が交錯する事案において、答えなければならない疑義があるのは承知しています。私自身も職務として、そして市民として、真実が明らかにされることを望んでいます。ただしその方法は法の枠内で、秩序と公益を損なわない手続きに従うべきなのです。あなたの求める『全面的な開示』が即座に正解だとは限らない。ここで証言できる範囲を逸脱せよというのは、原告代理人の横暴です!」

「横暴? 私は、この裁判は、まさに捜査当局の行き過ぎた判断を問うているのです! なぜ信憑性の低い青い封筒が、検察の取り調べに使用され、木賊への起訴を誘発したのですか? 告発状には、公安七課が『小さな改造を前提とする』実験報告を削除し、野添管理官と早瀬警部が自白を強要したとありました。この改ざんと自白強要が、青い封筒の誇張と連動し、木賊を不当に標的にしたのではありませんか?」

「青い封筒は、原田副部長検事が取り調べの参考としたに過ぎません。何より私はその信憑性の低さを理由に証拠採用せず、調書の信用性を厳しく吟味しました。検察は、経済安保の観点から木賊の技術のリスクを無視できず、起訴は公益のために必要でした。あなたの主張は、公安の意図を誇張した憶測です」

「竜崎検事は証拠リストから外すことで青い封筒を裁判から隠した。しかしその内容と私の持つ告発状の内容が極めて高い精度で一致するならば、今回の起訴の合理性は大きく揺らぎます! 青い封筒の内容とは?」

「葉桜先生こそ木賊事件を『都合のいい起訴』と一方的に断じている。しかし危険を無視し、あるいは判断が遅れ、取り返しのつかない犠牲が出たら、誰が責任を取るのですか! 私は青い封筒を証拠請求せず、正しい証拠で公判を闘った。それが事実。判決はまだですが、その行方はあなたも肌で感じているはずです!」



法廷の空気は張り詰め、裁判官たちでさえも前のめりに2人のやり取りを追っていた。

葉桜の声は熱を増し、薫子の返答もまた一歩も退かない。

両者の正義が真っ向からぶつかり合う激論は、なおも続いていく——。


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