第八章 難攻不落 chapter04
あの日から何日が経った?
今は夕闇か、夜明けか。
お月さんはどっちだ……。
自分は辛抱強い方だと思っていたが、思い上がりだった。
弱い者は考え違いをする。
そうか、自分は気づかないふりをしていただけか……本当は作っていたのか、悪魔の技術を……そんなはずは……。
「どうだったかな……」
壁に向かいあぐらをかいた浩志の体は、そのままゆっくり沈むように前へと倒れ込む。「ごち」と壁に頭突きする形でようやく止まった。
鉄の扉が軋み、看守の声が聞こえた。
「2501番、再逮捕だ。ゆっくり話してこい」
逮捕という言葉に孫娘の顔が思い浮かぶ。浩志の目には、再び小さな光が戻った。しかしこの光ももう尽きるだろう。施設にいる妻になんと言おうか。孫と息子にも詫びねば。
がちゃり。その思考は手錠がはめられても、停止することなく脳内で回り続けた。
「またしても保釈申請は却下されたか」
ひかるから受け取ったいくつかの郵送物、その中の封筒を一つ開き、哲也は軽く下唇を噛んだ。しかしすぐに「三度目の申請を」と書類作成に取り掛かる。
「根性なしめ」
葉桜のつぶやきは、哲也に向けたものではない。この判断を下した当番裁判官に、だ。今ひとつ飲み込めていなそうなひかるに、葉桜が言う。
「その書面、読んでごらん。被告人は重大な罪に問われており、科せられる刑罰も重いことから、逃亡のおそれがある。捜査は未だ継続中であり、この時点での保釈は相当でない——って書いてあるでしょ?」
「……はい」
「定型文よ。検察に聞いてノーと言われ、裁判官は『保釈は却下します』って。少しぐらい勇気を出して、自分で判断しなさいっての。で、検事は……原田公安部副部長か」
日本国内において、起訴後の保釈許可率は30数%程度だ。木賊事件のような否認事件であれば20%台に落ち込む。葉桜たちが若手だった頃よりはいくらか上がっているが、それでもアメリカなどには遠く及ばないのが現状だ。
「はい、九印法律事務所です。はい、お待ちください」
電話に出たひかるが一瞬迷った末、哲也に電話を渡す。受話器を受け取った哲也は電話の向こうに応答しながら、葉桜に人差し指を回して目線を呼ぶ。
「再逮捕? 原宿署に移送ですか? こちらからすぐに接見に行きます」
「保釈申請書は無し。勾留取消請求に変更!」
そう言い残して、葉桜は事務所を飛び出していった。
木賊再逮捕の一報は、東京地検公安部の原田検察官を通じて竜崎薫子にも知らされた。
「今度は韓国への輸出ね。原田検事は追起訴するでしょう。今日からの23日間で、完全自白を取れるかどうか。野添さん、早瀬さんの手腕が問われるわ」
「現段階では否認が続いていますね。いや、一部は認めているのか」
事務官の石田と若い検事の松本が調書データを確認している。石田はモニターの前で腕を組んで考え込んでいる。石田の感じている〝靄〟を薫子は頭の中で言語化した。おそらく供述調書も検面調書も無理やり取られてるね、と。
デスクには多数の調書類、工場から押収された海外企業とのやり取り、リアクターの技術的詳細、そして公安の実験データが並んでいる。多くの証拠物の中で目を引いたのは、青い封筒だった。
「これは?」
石田が報告書を確認し、答える。
「原田副部長が〝端緒資料〟として起訴判断に使ったようです」
「補充捜査もせずに?」
「少々危ういでしょうか。一応、同業のアイビー工機が出元と考えられる、と捜査報告書には載っていますが」
「……そう。報告書には載ってるのね」
危ないに決まっている。確かに調書ではいくつか事実を認めているが、一部の供述調書にサインをしていない。木賊の決意の現れだ。そこで最後に頼ったのが、こともあろうに出所不明の告発文書。とんだアキレス腱だ。それで私に回してきたのか。しかし公安も〝上〟もいつまでこんなことを……。
「しかしながら。原田副部長が追起訴したら、そこからは私たちの出番。改めて調書と証拠を確認しておきましょう」
「しかしながら?」と一瞬引っかかったものの、頷く松本。薫子は言う。
「検察官は勝負師ではありません。国家の権威を背負う者です。起訴した以上、勝たねばならない。それが司法の最後の砦としての役割です」
弁護人選任届の写しが目に映る。
それで……弁護人は九印葉桜、か。東京第三弁護士会の元・副会長だったかしら。ふーん……。




