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第八章 chapter02

東京拘置所。

未決勾留者を収容する、堅牢な刑事施設だ。地上12階、高さ50メートル、中央管理棟から放射状に伸びる北収容棟、南収容棟。その威容は、まさに石の城である。東京都葛飾区小菅、荒川と綾瀬川に挟まれたこの〝城〟で、木賊浩志と治はしばらく時を過ごすことになる。

ここの居住者たちには、法によって権利が確保されているはずだった。しかし皮肉なことに、その〝守護〟の形は、この城の中で大きく変質していく。木賊の男たちは、これからその過酷な現実を思い知ることになる——。


浩志と治は、それぞれ別の棟に収容された。部屋の扉には、裁判所による接見禁止命令が発令されていることを示す赤札が貼り付けられている。弁護人以外の面会は一切許されず、それは家族とて例外ではない。社会との健全な繋がりは、完全に断絶された。

部屋は三畳ほどで、冷たい壁に囲まれている。窓は曇りガラスで、空の一部しか見えない。太陽がどの位置にあるのかも、季節の移ろいも、ここからはほとんど感じ取れない。

そして感じ取れないものがもう一つ。親子互いの気配だ。その事実が、2人の不安を増幅させた。

九印の弁護士たちからは「徹底した黙秘を貫くように」と言われている。法廷で無実を証明するまで、耐えるしかない。だが、それが精神的にどれほどの苦痛を伴うか。孤独と「何か話したい」「誰かと話したい」という衝動が、身体的な自由の剥奪以上に彼らを苦しめる。

特に取り調べがない日こそ、その衝動は強まった。遠くで鳴る鉄扉の開閉音に耳を傾ける。秒針の音だけが、無限に続くかのような時間の流れを告げていた。この房の中で深い眠りにつくことは稀だ。朦朧とした意識の中で、過去の出来事や、未来への不安が去来する。


そんな生活の中、数日ごとに警視庁と東京地検、それぞれの公安部の人間が拘置所にやってくる。取り調べの場所は拘置所内の面会室だったが、内容は留置場でのそれと何ら変わらなかった。

「木賊浩志さん。実験の結果、リアクターでの反応実験は成功しました。これはお話ししましたね」

原田検察官の声が、浩志の疲弊した精神に響く。しかし人の声が心地いい。浩志の精神は、大きくかき乱される。

「経産省の承認を取らなかった。問題なのはその一点だけです。話してもらえませんか? 今の弁護士さんの言うことに従っていては……」

優しい態度の後には、必ず強い言葉がぶつけられる。

「木賊は魂を売ったんだ。同業者からの恨みも買ってるぞ」

公安七課の捜査員の言葉は強烈だった。

「お前の孫も挙げることになるぞ」

それでも浩志は黙秘を続けた。弁護士を信じ、頑なに口を閉ざす。だが硬軟取り混ぜた態度で揺さぶられるうちに、彼の心は少しずつ摩耗し、感覚も記憶も思考も麻痺し始めていた。

治もまた、早瀬の巧妙な揺さぶりを受けていた。

「治さん、あなたは経産省の審査にも関わった。デュアルユースの線引きが難しいこと、知ってましたよね」

早瀬は静かに語りかける。その声は理屈を突きつけるというより、心に疑念を植え付けるかのようだ。


繰り返される言葉の残響。捜査員たちの言葉はいつしか真実味を帯びてくる。もしかしたら、自分たちは何か見落としていたのではないか。法に触れるようなことを、無自覚に行っていたのではないか——。公安の論理が、鈍った思考の隙間からじわりと浸潤してくる。無実を主張し、拘束を受け続けることの意味が、分からなくなる。

「早く真実を話せば、保釈される。ここから出たいだろう?」

「長引くだけですよ? 今の弁護士は信用できますか? 裁判所の心証は悪くなる一方だ」


拘置所生活は、気がつけば2カ月を超えていた。もはや昨日と今日の境すら、判然としない。しかし裁判はいつ始まるか分からない。仮にここで「話してしまえば楽になれるのでは……」という誘惑に負けたとて、誰がそれを責めることなどできようか——。


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