序章 chapter03
ゴールデンウィークもとうに終わり、少し街が落ち着いた頃。大学4年生の彩花は大学近くのスターバックスで学生最後の学部祭の打ち合わせをしていた。大学全体の学園祭とは違い、学部ごとに開く小さな文化祭・学部発表会のようなものだ。
いつものアイスキャラメルマキアート、グリーンのストローに口をつける。「コーポレートカラーを生かしてリップの色が付きにくい、よく考えられてるなあ」と、ぼんやり考えたところで実行委員仲間の山口理央がノートPCのモニターを見ながら話しかけてきた
「現代でもこんな戦争って起こんだねえ。電撃作戦って、全然終わんないし。マジで困る。よく行く輸入食品のお店がさ、値上げ連発よ」
「国際コミュニケーション学部としては、平和とかそれこそコミュニケーションとか、ど真ん中、っていうテーマは外せないね」
「彩花んち、なんか輸出とか考えてるって言ってたじゃん。影響あったりすんの? 春から継ぐんでしょ?」
「継ぐとかじゃじゃないよ、営業と広報で就職するだけ」
営業と広報、とは聞こえがいいが、実際は人が足りず、皆がいろいろな役割を引き受けているだけだ。しかしそこは黙っておこう。
「お父さんが輸出に関する法律?を決めるってことでお役所に協力してたけど……」
彩花は関連ニュースを検索した。
「機微技術管理法、通称MTS法が年内に成立の見通し、か…」
ふんふん……と彩花は関連項目を読み進む。
「第3条 軍事転用可能性のある技術を〝機微技術〟と定義し……」
「第7条 機微技術の国外提供・輸出には事前の経産省認可が必要……」
「第22条 罰則:最長懲役10年、法人罰最大5億円……」
学部祭の企画書について他の仲間と話していた理央が再び彩花を見る。そして彩花の視線の先にあるニュースを見て呟いた。
「日本も隣国と緊張感高まってるもんねえ。今の総理大臣、ガチ目に国の安全守る、ていう人らしいし」
「今度の学部祭での上映は『キーウのプリンセス』にしよっか」
「オッケー。郷土食と農業の歴史も語れる人も当たろうかね」
決して理央のせいではないが、少々気持ちが落ち込んだまま、この日の打ち合わせは進んだ。
打ち合わせを終えた彩花は、家に帰らず工場に向かった。2階のカフェスペースでは父と祖父が、テレビを見ながら「保守系の……」「輸出管理で……」とお茶を飲みながら難しい話をしている。
彩花もそのまま席につき、祖父の前に転がっているペンを掴んで浩志にその手を突き出した。
「さて、墨田区での声を聞いてみましょう。危険な技術の輸出を規制するMTS法が成立する模様です。町工場では影響はありますか?」
「わたくしどもが輸出を開始するマイクロリアクターTFCRは、抗がん剤の研究などに使われる物でございましてでございま……こら」
父が向かいで笑っている。
「彩花もニュースに敏感になってきたな。今年から田中さんというコンサルタントに来てもらってて、うちの技術はそうした規制の範囲外だと保証してくれたよ。補助金申請もうまくいきそうだって」
「そうなんだ、よかった」
家族三代、漂う安心感。
「前の省令改正の時に結構しっかりと情報を頭に入れたからな。技術面でも材質の面でも、問題ないよ」
「良かった、私の初任給は安泰のようだわ」