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第七章 ひかりとやみ chapter02

挿絵(By みてみん)

「姉さん、長らく無料法律相談がメインだったけど、藍原さんの裁判は、やっぱりさすがだったね」

「また事務所経営はあなたに任せて、私は弁護士会館にこもらせてもらおうかな。来年にはいい事務員さんが来てくれることになったし」

ばん、と葉桜は厚い哲也の肩を叩き、白いロングカーディガンをふわりとなびかせて自室へと入っていく。

「いやいやいやいや、稼がないとみんなの給料も出ないんだってば!」

同じ苗字なのに似ていない女と男。葉桜と哲也は、身長こそ170センチと少しで並んでいるが、体重は哲也の方が4割増しで、髪の癖もやや強い。葉桜のそれは、ミディアムの長さに合った大きくゆるいウェーブだ。

かつて葉桜は、哲也の兄と結婚していたのだ。2人は義理の姉と弟ということになる。その葉桜の夫、哲也の兄が亡くなったのは、突然のことだった。不慮の事故によって、結婚したばかりの葉桜は、いきなり半身を奪われたのだった。以来、彼女は第三東京弁護士会館にこもり、無料法律相談会などプロボノ活動ばかりをしていた——。

「どうして藍原さんの裁判を引き受けたのかな」と哲也は不思議に思っていたが、ついに姉に聞くことはなかった。いつか機会があれば、教えてもらえるだろう。それよりも葉桜が戦線に復帰したことが、うれしくもあり頼もしくもあったのだ。元・第三東京弁護士会副会長・九印葉桜。弱者のため最前線に立つ女王クイーン。彼女にはそんな姿が似合うのだ。

「ただ、経営まで女王様体質だと困るんだよな……」

九印法律事務所が誕生して以来、国内の弁護士の数は2倍ほどになった。事務所1軒あたりの仕事は当然減り、よほどの有力事務所以外は、厳しい経営を迫られている。哲也の苦労は、今後も続くだろう。いつも行動を共にしている、くたびれた黒革のビジネスバッグが目に入る。互いに苦労してるな、という声が聞こえてきそうな気がした。


こうして、夏が始まったある日のこと。藍原ひかるとハルモニア上野の完全和解がついに成立する。

東京地方裁判所に向かう九印一行。葉桜の衣装は黒くゆったりとした薄手のジャケットと、スカートのように広がるワイドパンツ。これが彼女の戦闘服だ。哲也は、いつもの黒革のバッグを携えている。

今日の舞台は、長机と椅子が並ぶだけの簡素な調停室。部屋の中央に置かれた長机の両側に、原告側と被告側が向かい合って座った。

「本件につきましては、和解の成立を確認いたします」

調停官の淡々とした声が部屋に響く。

聞き終えた原告代理人の葉桜は、穏やかに頷いた。隣に座るひかるは緊張した面持ちだったが、ほっと小さく息を吐いた。被告代理人の男は、形式的に頷くだけだった。


約1カ月後の8月初旬、九印法律事務所にe-コートシステムからの通知が届いた。電子化された和解調書が交付されたのだ。調書には、和解金額150万円と、ハルモニア株式会社が謝罪文をウェブサイトに掲載する義務が明記されていた。哲也はプリントアウトした調書をひかるに手渡す。

「これには法的拘束力があります。後日、支払いと謝罪文の履行を確認しましょう」

ひかるは調書を受け取り、胸のつかえがほどけ消えていくのを感じた。


それからさらに1カ月後——振込確認と謝罪文掲載。九印法律事務所、葉桜の机に置かれたノートパソコンのメール画面には、ハルモニア株式会社からの振込完了が明記されていた。

「……終わったんですね」

隣で声を漏らしたひかるは、まだどこか信じられないような顔をしていた。

「そう。被った被害、費やした労力に見合わないでしょう、裁判って」

「一方的にやられて、こうして裁判が終わった時には、誰の興味も残っていない。炎上が濡れ衣だったことも、ご近所さんにさえ伝わらないかもしれない。でも、こういう区切りがあるからこそ、再スタートできるんだと思います! ありがとうございました」

ひかるは明るく頭を下げた。おそらく複雑な思いを抱えているだろうに。しかしその強さを、葉桜は買ったのだ。

「一旦群馬に帰るんだっけ。半年くらい? 思いっきり親孝行してらっしゃい」

「はい。また春ごろ戻ってきます。今度は九印法律事務所の事務員として!」

炎上から裁判の終結まで駆け抜けてきたひかるだったが、春までの間、彼女に休息の時間が訪れる——。


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