第五章 陥穽 chapter05
第一報が出たのは、そのすぐ後のことだった。夕方のニュースで、ついに木賊工業の名前が画面に出たのだ。スーツ姿の男性アナウンサー、背景はモザイクこそ掛かっているが、町工場からトラックが出ていく映像だと分かる。
「経済安全保障を巡る疑惑です。東京・墨田区の町工場・木賊工業が、軍事転用可能な技術を不正に輸出した疑いで、警視庁公安部の捜査を受けています。関係者によると、同社の製造装置は化学兵器の生成に使用される可能性があるとされ、社長と相談役が任意聴取を受けている模様です。警視庁は証拠の押収を進め、さらなる捜査を続ける方針です。木賊工業側は疑惑を否定していますが、安全保障の観点から注目が集まっています」
SNS上では徐々に「#木賊工業疑惑」がヒットするようになり、木賊工業には取引先から電話が入り始めた。
「社長、いらっしゃる? 今、ニュースで見たんだけど……」
探りを入れてくるようなトーンで始まる通話。3本、5本と増え、事務担当の社員らは対応に追われた。とはいえ、電話で伝えられる内容には限度があり、社長の「警察のヒアリングを受け、こちらとしても積極的に機微技術の管理に協力を申し出ているところです」という言葉を繰り返すしかなかった。
この時は、しばらくすると問い合わせは収まった。関係者以外にはまだ距離感の遠い報道だったからだ。しかし数日後……。
それは、突然始まった。電子の世界が沸騰する。そう、インターネット上での「炎上」である。
新たな火元は週刊誌の記事だった。「町工場が開発した『殺人マシン』の正体」という見出しとともに、木賊工業のマイクロリアクター技術が「テロ組織でも利用可能な化学兵器製造装置」として紹介されたのだ。記事には技術的な裏付けはほとんどなく、推測と憶測に基づく内容ばかりだったが、センセーショナルな見出しと「専門家」の「技術的にはグレー、気になるのは輸出先が東欧であること」というコメントが読者の不安と興味を煽った。
「技術力を悪い方に使う典型」
「何て読むんだと思って調べたらトクサ。検索にヒットしにくくしてるのかこれ」
「ヤバいニュース来た。こんな高性能リアクターあったらそこらの理系大学内で麻薬から毒ガスまでなんでも作れる」
「日本から出ていって、どうぞ」
「東欧って書いてるけど、これ子会社。大元は深圳にある東アジア系企業」
どこから漏れたのか、確度の高い情報も交え、燎原の火の如く「X」内で木賊を焼き尽くす。「#売国企業」「#死の商人」など、木賊にとって不名誉な、ユーザーにとってはキャッチーなフレーズが氾濫した。
「まだ任意聴取なの? 逮捕カウントダウンだろ」
「どの政治家とつるんでこんなことしてるんだよ」
1時間ごとに、木賊工業を糾弾する投稿が次々と拡散された。当然、会社の写真や経営陣の顔写真まで晒される。彩花は震える手でスマートフォンを操作していた。自分の名前で検索する……やはり、彼女の顔写真や出身大学なども、すでに出回っていた。
日常は、崩壊した。




