序章 chapter01
春の光が、低い角度から工場のガラス窓に差し込んでいた。小さな町工場である。工場とはいえ、いや、むしろ精緻な作業を要する工場だからこそ掃除が行き届いている。そのため、2階部分の大きな窓ガラスは、陽光のほとんどを透過してくれるのだ。
東京・墨田区、荒川にほど近い工場エリアに溶け込むように佇む木賊工業。社員は常時50名ほどで、規模は大きくないがクリーンルームや研究室も備えた4階建ての町工場だ。チタン加工品から先端技術であるマイクロリアクターなど、巨大工場や研究施設にいくつもの工業製品を送り込んでいる。
長い髪が風に揺れた。意識は、三つ編みをしていた子供の頃へと飛んでいく。あれから工場と家、どちらの門を数多く通っただろう……木賊彩花はふと、そんなことを考えた。創業者の孫、社長の娘であり、幼いころから遊び場は工場の駐車場や作業場だった(当然、最初はあちこちで「危ない」と叱られたものだ)。やがて成長した彼女は、遊び場としてではなく仕事場として、木賊が好きになっていた。いまや、卒業後には「ここで営業兼広報として働きたい」……そんな希望を抱える大学生へと成長していた。