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第四章 暗転 chapter05

9月末、ある月曜日の夜。公安部・外事第七課の無機質かつ明るい会議室に、男たちの姿はあった。蛍光灯の冷たい光が、早瀬の無表情な顔と、その手元に広がる数枚の文書を白く照らしている。捜索差押許可状——通称「ガサ令状」の請求書類だ。木賊工業本社を家宅捜索するための、最終的な手続きである。

「実証実験、5分間稼働と記載。トクサリアクター〝TFCR〟の反応性は十分。深圳との電子メールも整理済みです」

南波が、書類の隅を指で押さえながら、確信に満ちた声で確認した。報告書には、実験には濃硫酸とある種の有機溶剤が用いられたこと、その過酷な条件下でも一定時間、神経ガスの合成に耐えうること、が記されている。添付された「押収対象一覧」には、反応試験用のTFCR装置一式、設計図面の電子データ、営業部門のパソコン、そして通信履歴の記録媒体までが漏れなく明記されていた。国家の力で、その技術の全てをもぎ取ろうとしているかのようだ。

野添は書類に最後の目を通し、静かに電話を取った。夜中にもかかわらず、その指先には一片の迷いもない。この時間帯は外務省から来ている補佐官・三原沙耶香も帰宅しているので事が進めやすい。彼女の善意、七課から見れば「無知なる正論」は、多少、野添の気持ちに負荷をかけているのだ。

「東京地検公安部の原田副部長に……繋いでください」

電話先の相手は原田検察官——薫子たちより格上の検事だ。立件から裁判、野添はあの苦手な竜崎薫子を引き込みたかったが、以前、竜崎検事に言われたように、この事件は地検の公安部を通すのが筋だ。夜遅く、電話の向こうで応じた原田に、野添は淡々と、しかし有無を言わせぬ調子で告げた。

「証拠は揃いました。経済産業省の調整官からも、正式な許可を得ております。押収リスト、報告書、参考資料を、直ちにそちらへ送付いたします。ただし本件は省庁間の調整もあるデリケートなものですので……」

「分かっています。ただ、こちらにも上申の手続きがありますのでね。……あなた方の熱意は十分伝わっていますよ」


翌日の午後。東京地方検察庁。公安部副部長、特捜部副部長から呼び出しを受けた検事・竜崎薫子は、書類を手に、木訥とした面持ちで東京地方裁判所を訪れた。公安部・特捜部の両副部長から「おつかい」を頼まれたということは、午前中に上の方で何か話し合われたのだろう。しかし過程はどうあれ、彼女は決定に従うだけだ。

「不正輸出の可能性、実証データあり。加えて、証拠隠滅のリスクも否定できません」

裁判官との面談はものの10分ほど。粛々と進む、定型の手続き。裁判官は提出された膨大な書類を静かにめくり、一切の感情を顔に出さずに、朱肉をつけた判子を静かに押した。日付は10月某日。

その瞬間、木賊工業の運命を決定づける家宅捜索の令状が発効された。それは木賊工業に、公権力が踏み込むことを許す「鍵」だった。


こうして警視庁公安七課は、いよいよ黎明を迎えた。陽が昇る場所があるならば、沈む場所も——。木賊工業は、夜の闇へと飲まれていく。


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