第四章 暗転 chapter02
春、墓地の木々に白やピンクなどの花が付き始めたこの日。木賊一家3人は墓参りに来ていた。彩花の母、治の妻、浩志の義理の娘……木賊家・家族の中心で輝いていた百合香が病で亡くなって、もう10年がたっていた。
墓と墓の間、水を張ったバケツに1対の花を差し、歩いていく3人。途中、背の高い1人の女性とすれ違う。「秋にも居たなあ、あの人」と、声に出さず一瞬目で追ったところで、彩花は木賊家の墓の前に着いた。
皆、無言で手を合わせる。彩花は母に「木賊工業、海外輸出も始まったし、新しいフェーズに入ったんだよ」と報告した。おそらく父も祖父も、それぞれの言葉で同じようなことを言っているのだろう。木賊一家は、そして木賊の社員たちは、木賊工業の未来は明るい、そう信じているのだから。
「信じるに足る話ですか?」
藤堂泰司は公安七課・早瀬の訪問を受けていた。経産省・貿易経済安全保障局の調整官である藤堂は、いわばMTS法運用の現場責任者に当たる。
「木賊さんは省令改変の時からヒアリングに協力してくださるなど、うちと距離感の近い企業さんです。それが機微技術の不正輸出など……」
「だからこそ省令やMTS法の抜け道を知っていた、と考えられます」
「ですが……私の一存では何とも。こちらでも確認をしてみます。今日のところはそれしか申し上げられないですね」
「公安では実証実験も繰り返しています。ぜひとも早めにご判断を賜りますよう」
実験結果の資料を差し出した早瀬は、意外なほどあっさりと引き下がった。一礼して会議室を出た後は、振り返ることなくビルを出ていった。そして経産省の敷地を出たところで早瀬は初めて振り返る。そこには「経済産業省」と書かれた庁名碑が鎮座していた。
「現場が動かなければ上に動いてもらうさ。この件は必ず立件してもらう」
「管理官、当然といえば当然ですが、経産省側の腰は重いですね。向こうはメンツを潰されるわけですから」
「公安部長に出ていただくことも考えるが、何とか七課として説得してみてくれ。ある程度時間が掛かっても、かならず首を縦に振ってもらうんだ」
できれば早瀬も野添も自力で検察官送致したい。その方が七課存続の説得力も増すというものだ。
「一応、上の方への働きかけ、準備しておいてください」
「どのみち報告書は上げる。福田参事官ルートで上がっていくだろう」
やっと手に入りかけた獲物を逃す気は、彼らにはさらさら無かった。それに特捜エースの竜崎薫子を使うためには「上からのお達し」は、不可欠なのだ。
アイビー工機では、社長の伊吹が田中優子と話し込んでいた。優子は木賊だけでなく、アイビー工機も〝面倒を見ている立場〟である。
「製薬装置開発コンソーシアムですが、来年度中には正式稼働できそうですか?」
「今、警察の方からいろいろ問い合わせがあって、ちょっと延びるかもしれません。〝企業価値を高める〟ことが仕事の田中さんにしてみれば『早くしなさい』ってところでしょうが」
伊吹は苦笑いして見せる。当然、勘のいい優子も事情は察していた。
「某社のマイクロリアクターの件ですね。なかなか収束しないもんなんですね……」
「ええ、まあ、田中さんはあちらとの繋がりがあるから私も詳しくは話せません」
ここからは両者の〝腹芸〟となる。
「技術力の高さからお声がけした企業さんが、その技術力のせいで輸出規制対象の可能性アリ、と。もったいないというか何というか」
「某社製のは樹脂製ながら使用範囲が広いという特許技術があるから睨まれたのかしらねえ」
「特許ですか? なるほど、そういうのも絡んでるんですかね」
思わぬ角度からの分析に、伊吹は少々驚いた。
「技術力が突出してると、企業防御・対策なども併せて高めておかないと……。技術一流経営三流、というところは何かと狙われます。買収、戦略的提携、いろいろ起こりますよね」
「企業の価値、価格。経営者次第で将来は変わるってことですね」
「コンサル目線だと、そうなりますね。さ、アイビーさんには技術も戦略も一流でいてもらわないと」
「戦略、か……」
そこから、2人の会話は来年度以降の経営方針へと収斂していった。




