第三章 画策 chapter06
「深圳に登録されている会社の〝子会社〟だと?」
庁舎内のブリーフィングルーム。大型モニターに映された資料を前に、早瀬がうなる。
「はい。『晨星科技集団』という、深圳に登録されている調達支援会社です。フィロチェム社はここの子会社であり、同社は木賊が半年前に輸出したリアクターの取引先リストに含まれていました」
捜査員からの報告に、七課の面々はいろめき立った。実に都合よく状況証拠が揃ってくる。
早瀬が捜査員に指示を出す。
「引き続き、フィロチェム社の素性を当たってくれ。そのほかの取引先も素性を探るんだ。特に親会社が東アジアにあるなら、なおのことうちが動く理由になる」
野添も負けじと指示を出す。
「三原補佐官、外務省に照会をお願いしたい」
外務省から出向中の補佐官・三原沙耶香へのこの指示はごく真っ当なものだ。しかしこの捜査に違和感を覚えている沙耶香は、小さな抵抗を試みる。
「そもそもこのリアクターが規制対象かどうか、確定させては? 規制対象なら取引先がどこであれ……」
こちらも真っ当な主張だった。木賊工業のマイクロリアクター「TFCR」が規制対象なら、相手企業がどこであろうと摘発されて然るべきだろう。今のやり方は木賊を黒く塗りつぶすための絵の具をあちこちからかき集めているようなものだ……そう沙耶香は主張したのだ。
「ちょっと前のアグリテック社のドローン輸出事件の裁判、覚えているだろう? 悪質性を問うためには取引相手が何者だったか、それは重要なことなんだ」
そう言われては、もはや返せる言葉はなかった。沙耶香は外務省に連絡を入れ、野添の指示通り、木賊の取引相手の照会を依頼した。
ただ、実際のところ、野添や早瀬の慎重な調査は、ある意味、彼らの自信のなさの表れだった。痛いところを突かれた野添だったが、指示通りの動きを見せる三原補佐官の動きに、ひとまず安心するのだった。
外務省から三原沙耶香補佐官に連絡があったのは、数日後のことだった。
「フィロチェム社の親会社『晨星科技集団』は、深圳では大手のAI・制御系ハードウェア企業であり、国際的な制裁対象や安全保障上のブラックリストには該当しません」
「香港法人や中東のファンドが介在するも、現時点では、日本企業との取引に問題があるとは認められません」
沙耶香は野添に報告書を提出した。この報告書は、南波の手で以下のようにまとめられた。
「『晨星科技集団』は東アジアを本拠とする複数の企業グループの中核に位置するが、その支配構造には香港法人や中東のファンドが多数介在しており、透明性に乏しい」
「過去に日本国内で起きた技術流出案件(日本アグリテック社ドローン不正輸出事件等)の背後にも、類似の経路が存在していた」
「現時点での違法性は確認できないものの、木賊工業が〝その種のネットワーク〟に接続された企業と取引していたこと自体が、リスクである」
この報告書が最初に提出されたのは、野添が国家安全保障局・経済班の参事官・福田に呼び出された時だった。春にプレッシャーを掛けられて以来、やっと福田の個人的な期待に応える時が来たのだ。
「〝黎明〟の件、聞いているぞ。現在はどうなってる?」
席に座った福田、机を挟んで直立する野添。警視正と警視、はっきりした階級制度が機能している。
「機微技術の不正輸出事件の形跡を掴みました。半年にわたる執拗な捜査と実験の結果、彼らの技術が、ごく微量ながらも神経ガスなどの危険な化学物質を生成する可能性が極めて高いことが判明しました。今後は信頼のおける企業の協力を得て本格的な実証実験に入ります」
「MTS法違反、経産省はいい顔をしないんじゃないかね」
MTS法を実際に運用する経産省としては、自分たちの管理が甘かったと認めるようなものだ。省庁のメンツがぶつかることになる。しかしここで止まれるはずもない。いきりたっている早瀬たちの顔が頭に浮かんだ。
「経済産業省・貿易経済協力局に打ち合わせにいきます。調整官は藤堂さんでしたか」
「経済安保は票になるようで、上の方も協力的だ。期待に応えてくれよ」
こうして公安七課は警察官僚のお墨付きを得て、活動を加速させていく——。