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プロローグ

春宵一刻値千金


「お月さんが見えないってのは……」

夜、東京拘置所の独房は冷えた鉄の匂いに満ちていた。薄暗い蛍光灯が壁の傷を照らし、男は固い床に座り込んでいた。壁に向かい、あぐら姿。白髪は乱れ、日々の仕事で鍛えられた腕はいつしか細くなり、すっかり皮が弛んでいる。男は、嵌め殺しの曇りガラスをもう一度見上げた。その曇りガラスは、頑なに月と男の接見を拒み続けていた。


耳に残る声がある。「技術を売った」「神経ガス」「兵器に転用」。男は首を振る。しかし口をついて出た言葉は「どうだったかな……」だった。重く息を吐き、腰を丸める。ごち、と頭が壁に当たった。

何かが擦り切れる音。夢と現実が交錯を始める時間。道標のない夜、男の心は今日も孤独の中で揺れ始める。夜? いや、もう朝が来たのか? 鉄の扉が軋み、看守の声が意識の中に割って入る。

「2501番! 再逮捕だ。ゆっくり話してこい」

機械的に番号で呼ばれた老人、木賊浩志はよろめきながら立ち上がる。足元がふらつき、視界が揺れる。夢と現実の境界線。だが、看守の声が浩志の意識を現実へと引き戻す。そうだ、彩花が闘っている。社員が会社の誇りを守ろうとしている。その希望が、切れかけた意識をつなぎとめた。男の目に、再び光が戻る。しかしその量は、おそらくはもう、尽きかけていた。

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