第三章 画策 chapter03
「Xもインスタも、フォロワー増えたなあ」
彩花は木賊の広報担当として、公式SNSの〝中の人〟も務めている。「そういうのは若い人に任せるよ」と社長から一任されているので、ポストする内容は、ほぼ彩花の判断とセンス次第だ。
彼女は技術的・公式な情報発信5、さながら私事のような砕けた内容の発信5、という割合を意識している。生真面目な技術力のアピールは極力柔らかく、しかし木賊の技術の高さ、製品の質の高さを分かりやすく。
木賊工業公式X:
【動画】第三回トクサ祭り、大盛況でした!ご来場いただいた皆様、本当にありがとうございました! 篠原技術者のマイクロリアクター講座は大人気! 来年も開催予定ですので、お楽しみに! #トクサ祭り #町工場 #モノづくり #マイクロリアクター #墨田区
【写真】木賊のマイクロリアクター。この樹脂パーツの中に髪の毛より細いチューブが通っていてその中を薬品が通過、そしてその先で混ざり合ったりして新しい薬ができるのです。ワクチン開発や抗がん剤の研究の最前線!
#町工場 #モノづくり #マイクロリアクター #墨田区
木賊工業公式Instagram:
【写真】今日の社員さんお弁当!
豚の生姜焼き! 愛情たっぷり、午後も頑張れます(金属加工部 古河さん)
ポイントは生姜焼きのタレにつけて冷凍しておくことだそう。自分のお弁当がアップされる日は、お弁当作りに気合が入るそうです!
#木賊工業 #町工場の日常 #ランチタイム #お弁当テク #墨田区グルメ #広報のつぶやき
【写真】
チタン加工の現場がこちら。レーザー加工の技術力が、最先端の製品であるマイクロリアクター製造を支えているのです。トクサ脅威のメカニズム!(社長・談)
どの投稿にも、いいねとコメントがポツリポツリとつき始める。
頑張ってるねー! さすが元学部祭実行委員長!
トクサ祭り、チタンのアイス用スプーン買いました! 愛用してます!
自分が住んでる町で、世界的な技術の商品が生まれていると実感しました
墨工時代にトクサ祭り行ったなあ。あれ見て技術職を極めようと中小の工場に就職したわ
お弁当企画助かるw 明日のダンナの弁当に丸パクるます♪
日本の町工場、レベル高すぎて草 でも元請けからの搾取がなあ…
「あ、理央じゃん、飲みに誘おう……お、この人、墨工生だったんだ……お弁当助かるよね。元請け搾取……そうならないように私はダイレクト営業を始めました。それに輸出も本格的に。これはホント田中さんのおかげだわ」
ブツブツ言いながらデスクでスマホをスクロールする彩花に、経理を担当している植田奈緒美が声をかけてきた。歳は同じだが専門学校卒の彼女はキャリアでいうと2年先輩である。
「あやさんが来てから、ほんと会社の空気変わったわー。ほら、相談役と社長と技術部さんと、おじさんばっかりだったもんね。それがまあこうして公式SNSまでできて……おばちゃんは嬉しいよ」
両手で顔を覆って泣き真似をする同い年の先輩に、彩花は親しみを込めて返事を飛ばす。
「おい! 同い年やろおばちゃんて!」
「おばちゃんは若い男女に就職きてほしいでんねん」
「なんで大阪弁やねん」
「マジでさあ、あやさん来るまでコスメの話できる社員入ってくれると思わなかったわ」
「大袈裟な……」
笑い合う2人だが、ほんの少し、踊り場に差し掛かった世代交代について思い出す社長の娘だった。
「ちょっとバズったラーメン屋ぐらいフォロワーいるなあ」
時を同じくして、木賊の公式アカウントを見つめている面々。公安七課の木賊捜査班、いわゆる黎明チームのメンバーだ。早瀬がスマホの画面を覗き込む。
「さて……どうやって話を〝絵に描く〟か、だな」
背もたれに深く体を預け、指を組みながら言った。
「墨田区は地元議員もうるさい。……裏取りは慎重に、しかし一気にやる必要がある」
と、野添。
「つまり、出し抜くと」
「俺たちが先に押さえれば、外事二課にも捜査一課にも奪われずに済む」
野添の声に、早瀬は頷いた。
「よし。まずは、技術の〝漏洩懸念〟を理由に経産省へ照会を出す。技術内容、補助金、輸出先の状況を手に入れろ」
「リトアニアとチェコに納品実績あり、とのことです。技術移転の懸念は提示できます」
「あとは木賊社内の内部資料だ……どんな〝意図〟でどう設計されているのか」
「社長と相談役、それに営業担当の娘、この木賊ファミリー3人がマークの対象です」
南波が補足した。
「娘? 営業女が書類のハンコを押すなら、そいつを落とせば話は早いな」
早瀬が話を加速させたその時、三原沙耶香が小さく声を上げた。
「……すみません。補助金申請の内容や用語の中には、業界的な表現や慣例的な記述も多いと思います。確かに誇張表現はありますが、それが即、兵器転用につながるとは限らないのでは……」
室内の空気が、わずかに凍った。
「三原補佐官。あなたは今、まだグレーだ、と言っているんだな?」
野添の声が低く響く。
「はい、グレーです。〝黒〟と断定して動くのは、少し乱暴かと……」
南波が静かに沙耶香を見る。細いフレームの奥、男の目には小さな光が宿っている。
「でもね、三原さん。〝グレーゾーン〟っていうのは、誰かが一歩を踏み出すまで、ずっとそのままなんですよ。誰かが踏み出して初めて、色が決まるんです」
「我々公安は、疑わしきは動くのが仕事ですから」
早瀬が追い討ちをかけるように言った。若い補佐官は、それ以上何も言わなかった。
野添がホワイトボードに向き直り、赤いマーカーを手に取った。
「国家安全保障の名のもとに、技術の闇を照らす。……これが我々第七課の存在証明になる」
赤い文字がボードに刻まれた。
「黎明——起点は、木賊工業」
早瀬が捜査員に指令を出す。
「2人、顔の利く大学へ行け。捜査ではなく非公式のヒアリングだ。下手なことを言われては困る。『木賊のリアクターは兵器転用可能なり』ということ固めるための材料集めだ」
早瀬と目が合っていた捜査員が2人、カバンを持ってオフィスを出ていく。見届けた早瀬は南波を振り返って言った。
「木賊のライバル企業はないか。協業しているところでもいい。木賊の技術を外から語れる人間がほしい」
「補助金を申請しているほどの会社ですから経産省に情報があると思います。データを探ってみます」
野添が言う。
「いいか、捜査課に嗅ぎつけられるなよ。これは絶対だ。なんとしても我々で挙げるんだ。福田参事官がそう希望しておられる」
参事官の言葉に自分の願いを混ぜ込む野添だった。早瀬はそれに気づいているが「誰だって出世したかろう。組織とはそんなものだ。何より、俺にもおこぼれはあるはずだ」と、思考の向こうへと流しやるのだった。